食のエッセイ

ファースト・フードという存在

 世界でコロナ騒ぎが始まって間もなく2年が経とうとしているが、東京暮らしが続く私の食事は今や週に少なくとも3回は出前頼りになっている。家での作業中、特に思うように原稿が捗らない時は、気がつくといつの間にかPC画面には出前サイトのメニュー画面が開かれている。コロナ禍が深刻化し、デリバリーの需要が増えつつあった頃と比べると、出前サイトのレストランの登録数は2倍、いや、それ以上だろうか、最初のころは「ここにある店はそのうち全て網羅してしまうことになるなあ」などと懸念していたものだが、今ではそんな心配は全くなくなった。毎回新規登録される店の数の上昇率もさることながら、注文できる食事のバリエーションもどんどん増え続け、私たちは本当にどんなものでも家にいながらにして食べることが叶えられるようになった。中華料理店の本場重慶の火鍋、美味しいワインに合いそうなフォアグラやテリーヌなどの素敵フレンチ、こだわりのステーキ、アイスクリーム、たこやき、パン。あなたのお望みに叶う食事はどんなものだってありつけるのである。たとえ旅が思うようにできなかろうと、イタリアへ戻れなかろうと、食事さえ充実していれば大丈夫、という安堵が私の中に芽生えていた。

 1日に5つも締め切りが重なって絶望的になっていたとある日の昼下がり、私はいつものように出前サイトで逃避物色を始めた。注文をすることで仕事への意欲を一気に向上させてくれる食事を探し求めて、延々と画面に映し出される食事の画像をスクロールし続けた。目先にニンジンさえぶら下がっていれば、稼働力は的確に上がる。寿司、そば、オムライス。ベトナムのフォーにインド料理。焼き鳥、おでん… いや、違う。もっとこうワクワクさせてくれるような何かがあるはずだと私はしきりに指先でスクロールし続けた。しかし、どういうわけかその日はそれらの画像から私の食欲が触発されることはなかったし、逆に食べ物の写真を見れば見るほど食傷気味になっていくのである。どんな料理を見ても、その味が即座に脳内で再生されてしまって、食べたい、という希望的な願望に結びついてくれない。ああ、あれね、と、若干冷めた気分で画面を確認し続ける時間が無駄に過ぎていくばかりで、ちっともワクワクできなかった。

 仕方なく諦めてPCから離れ、冷蔵庫の中にあった食べかけの韓国海苔とうずらの燻製卵を2、3個頬張った。もうそれでいいような気持ちになって再び仕事場に戻り、原稿作業を再開しようと試みるも、30分も経つと空腹の自己主張に全ての集中力が吸収されてしまって、ちっとも捗らない。しばらく悶々とした後、ダメ元であらためて出前サイトを開いてみることにした。

 そのとき、真っ先に私の眼中に入ってきたのはファースト・フードのハンバーガー画像だった。さっきは意識がファースト・フードの写真には全く止まらなかったのに、いざハンバーガー画像が出てくるとその並びにドーナツチェーン店の商品やフライドチキンの写真も続々と現れた。

「これだ!」と私は歓喜した。迷うことなくファースト・フードのハンバーガーとポテトのセット、そしてドーナツ屋のドーナツを1ダース注文完了。たったそれだけのことなのに、胸を撫で下ろすような解放感と安心感を覚え、その後の私の仕事も順調に進んだ。ふだんは滅多に口にすることはないファースト・フードだが、この時は「俺たちナシではあんたたちは無理なんだよ」とでも言わんばかりの自身に満ち溢れたメニューの存在感に、正直感服するしかなかった。

 グルメ大国で毎日どんなに美味しいものを食べ続けていても、時々ふと制御できない味覚の欲求を唆るファースト・フードの食事。

 労働効率を上げるために安価でありながら高カロリーのものを提供するという資本主義的効率性によってアメリカで発祥したこの食事のスタイルを、イタリアやフランスといった欧州のいくつかのグルメ国家はどこか牽制している傾向があり、出店数も日本などに比べると少ない。うちの姑のように普通にスーパーで売っている食品ですら、酸化防止剤などの添加物使用の有無や産出地を吟味して選んでいるような人にとっては許し難いものがあるようだ。日本に旅行へ来た時もアメリカに我々家族を訪ねて来た時も彼女は頑なにファースト・フードを口にしなかったが、そういう人はイタリアやフランスのような国ではいまだに珍しくはない。

 1970年代から80年代にかけて、アメリカのファースト・フードは世界を席巻しつつあったが、イタリアでは一向にその手のフランチャイズが開店するような気配はなかった。そんな中、それぞれの地域における地産の食材を見直しつつ、素朴な食材を使った健康に良い料理を時間をかけて食す、という提唱がイタリアを始め欧州の人々の間で強く支持されるようになっていく。

 焚き付けたのは当時左翼系政治活動家であり食文化系ジャーナリスであったカルロ・ペトリーニという人で、いわゆる「スロー・フード」運動の生みの親である。ちょうど私がイタリアに暮らし始めた1980年代半ば、ローマのスペイン階段付近にイタリアにおけるマクドナルド第1号店の開店を反対するキャンペーンに関わって一躍有名になったペトリーニ氏だが、あれから40年経った今も彼の支持者は多い。ファースト・フードが大嫌いなうちの姑の本棚にも、もちろんペトリーニ氏の書籍が何冊か置かれている。

 とはいえ、かつてそれだけの物議を醸したにも関わらず、スペイン階段そばのマクドナルドは常に観光客と地元の人々で賑わっているし、当時暮らしていたフィレンツェに最初のマクドナルドがオープンしたときは、人知れず行列に並んでしまった私の周りにいたのも、みな地元のイタリア人たちだった。ファーストだろうとスローだろうと、判断の決め手は食べたいか、食べたくないか、美味しそうかそうでないか。それだけだ。そう考えると1940年代にアメリカに最初の店舗ができて以来、いまだに飽きられるでもなく食べ続けられているマクドナルドのハンバーガーは、世界において普遍的に受け入れられる味覚のグローバル化に成功した食品と言えるだろう。

 ご存知だとは思うが、マクドナルドは国ごとにご当地メニューというのがあり、定番以外のハンバーガーの形態も味も、そしてメニューの出し方も場所によって様々である。

 ちなみにイタリアでは本来Paninoというイタリア独自のファースト・フードといえるサンドイッチが存在するが、HPのメニューのカテゴリーを見るとハンバーガーはPaninoという表記で表されている。他にも、中に肉を詰めたオリーブを油で揚げた「アスコリ風オリーブ」というイタリアらしいサイドメニューなどもあり、パンの小麦も肉も国産のものを使用というクオリティのこだわりも含め、ファースト・フードとひとことで処理してしまうには勿体無い。トルコのマックではご当地メニューで今や世界中で食べられているケバブを挟んだ商品が売られているし、ドイツのベジバーガーに挟まっているのは豆をベースにしたコロッケのようなもの、フランスではマカロンやカヌレといったフランスならではのスイーツもメニューに並ぶ。チェコやスペインのマクドナルドではビールも出してもらえる。

 質の高い食材を使った郷土料理を守っていく、ということがカルロ・ペトリーニの唱えるスロー・フードポリシーの一つだが、その視点で捉えるとマクドナルドのような世界展開をしているファースト・フード企業は、食文化における勢力的な侵略者なのかもしれない。

 そういえば古代ローマ帝国もあらゆる周辺国家を属州として取り込むことで巨大な国を作り上げたが、彼らはそれぞれの属州をローマ化しつつもその土地の土着の文化や宗教(頑固な一神教以外)を侵害することはなかった。そういった属州へは、例えばローマ式の料理屋が進出しても、地元でもともと食べられていた郷土料理も普通に提供されていたはずだから、そのあたりがマクドナルドの世界での馴染み方を思い起こさせる。

 自分たちの食文化を保持し続けつつも、時には意識が高くないものだって食べたくなる。スロー・フード支持者にしてみれば、そんなコンテンツマーケティングにまんまと引っかかる私みたいな人間こそが最もどうしようもない存在なのかもしれないが、何も毎日ファースト・フードが食べたいと言っているわけではないし、スロー・フードへのリスペクトもある。地産地消の手をかけ心をこめた料理はいつでも大歓迎だし、そうした郷土料理をしっかり守っていかねばとは真剣に思っている。とはいえ、人間の舌というのは本来は自分たちが思っているより貪欲で寛容だ。食べたい物が食べられないという理由で餓死してしまうのはゴメンだし、生き延びれるのなら添加物が入っていようとなんだろうと食べますよ私なら、という話を以前姑としたことがあるが、「つまりあんたは食に対して節操がないのよ」と呆れられた。そして「頼むから息子にあんたのその姿勢を強制しないでちょうだい」と忠告もされた。

 しかし、私は知っている。シカゴ在住時に我々が暮らしていたハイライズマンションの一階にはマクドナルドの店舗が入っていたが、そこでハンバーガーを無心で頬張っていた夫のことを。客も少なくうらぶれた雰囲気の店内の窓際の席で、本を読みながらハンバーガーにかぶりついている夫を思いがけず目撃したとき、根拠が定かではない妙な勝利感を感じたものだった。窓越しに立って自分を見ている私に気がついた夫が家に帰ってから言った一言は「なんだかわからないけど、時々無性に食べたくなるんだよ、ああいうのが…」だった。「大丈夫、お母さんには通告しないから」と私は後ろめたそうな表情の夫を慰めた。まさに人々にそんな衝動的欲求を抱かせることが、ファースト・フードというものの真骨頂なのだと思っている。

2021.10

ヤマザキマリ氏

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり)

漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。

1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。

2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章綬章。

著書に『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン原作)『プリニウス』(とり・みきと共著)『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パスタぎらい』など多数。最新刊は息子との海外移動の記録を綴った『ムスコ物語』(幻冬舎)。