健康アドバイス(アーカイブ)

依存(2)~摂食障害~

深刻なのは過食症よりも拒食症

摂食障害は拒食症と過食症を合わせた名称です。発症するのは9割以上が女性で、知的に優れている人が多いという傾向が指摘されています。過食症はホルモンバランスの変化や成人病のおそれがありますが、死に至るというケースはまれでしょう。今回はより深刻な死に至るケースも危惧され続けている、なかなか見通しの見出しにくい摂食障害、拒食症に軸をおいて説明したいと思います。

拒食症の摂食障害では強迫的に痩せていこうとするために、絶食、下痢、嘔吐を繰り返すわけですから、身も心もボロボロになり、皮膚すら荒れていきます。エネルギー摂取が減り栄養が不足しますので、冷え性や低血圧、貧血など、ホルモンバランスも崩れますから月経不順、停止もおこりえます。

摂食障害の患者の表現のひとつに「お母さんみたいになりたくない」というものがあります。別に家庭環境が悪いとか、母親が特別太っているとか、異常な関係と行動を呈する母子関係ではなくても、彼女たちには母親と近しいがゆえに比べてしまう傾向があります。その言葉の裏を返すと母親よりも優れた女性になりたいという欲望があるのではないかと考えられたり、逆に女性の自立を否定しまう感情が生じるともいわれています。

親を超えたい、より美しくなりたい、人より優れた存在になりたいと思うのは誰もが持つごく自然な欲求です。それが病的なレベルにまでの強い感情となり、ある意識に達してしまい、それが摂食障害となり、やがては死に至るという病理を抱えるのはなぜなのでしょうか?

ある精神科医は患者を「大人になれない人」と表現したことがあります。自分がすべての基準で、ほかの誰が何を言っても聞こうとしない極めて自己中心主義的な性格の人もいますが、摂食障害もそれに近いというのです。そのように感じられるのはなぜなのでしょうか。

もちろん、自己中心主義的な性格と摂食障害はイコールではありません。その境界を飛び越えて、なぜ摂食障害を患ってしまったのか。この部分はいまだブラックボックスです。

男性から見たら痩せすぎの女性は痛々しくて美しいとは思えないという意見もあるでしょう。しかし、いまでも摂食障害で死に至る人がいるのは、痩せすぎで醜いという人間的な価値観にはならないからです。この障害の自分自身を食べないという勢いに、そこに追い込む姿というのは、周囲の人々をも悲惨な気持ちにも追い込みます。

摂食障害の推計患者総数

(単位:千人)

年次 患者数

昭和59年

0.6

昭和62年

0.8

平成2年

0.9

平成5年

0.9

平成8年

1.9

平成11年

2.7

平成14年

4.1

平成17年

2.9

出典:厚生労働省 平成17年 患者調査報告

摂食障害は社会病理性が高い

うつ病や統合失調症、また依存症など代表的な精神疾患は世界中に満遍なくありますから、診断の国際基準も設定されています。しかし摂食障害はアフリカとかアジアなどの貧しい国でも存在するかもしれませんが、アメリカ、日本、ヨーロッパなどの先進国と比べて極めて少ないのです。

文化人類学者の見解の1つとしては、食料がなくて餓死の危険のある状態の人が摂食障害になることはない、それ以前に栄養の確保ができないわけですから。

しかし、摂食障害は貧困ではなく、いまの世の中が人をどう見ているかという典型的な社会病理ともいえると私は思っています。言い換えれば、社会がどういう人物像を期待しているか。あるべき男性像や女性像があります。同じように、美しい女性像はこうだという価値観が時代とともに変遷しつつ、時代の気分を反映しながらなんとなく共有される。中には、それと違う自分を見るのが苦しいと思い込む人もでてきます。

綺麗なモデルは痩せていなければならないという固定観念もありますし、実際に太ったから解雇されたという事例も海外でありました。一般的にはやはり「美しくなりたい」とか「痩せたい」という強い思い込みが、摂食障害のきっかけになることは無理からぬことでもあるのです。

また仕事や学業、失恋などの失敗が原因で食べなくなり、だんだんと摂食障害の傾向になる人もいます。しかし摂食障害の人が全員そういう恋愛経験を経ているわけではありません。摂食障害の病理が怖いのは死ぬまで食べなくなることです。失恋がきっかけで起こす神経症的な異常行動は摂食障害だけではありません。ストーカー的な行動もあれば、異性あさりをしてしまうようになったりする場合もあります。ですから、自己中心的な傾向があるとはいわれていますが、自分の内側には向かっていかない場合もあるといえます。

摂食障害は18歳を超えるとこじれてしまう傾向がある

摂食障害の一番の問題はやがて死に至るということです。

私が現場にいた当時、「摂食障害は10代で発症し、20代で死に至る」といわれていました。だから動けなくしてひたすら点滴していました。しかし、それは根本治療ではないので、退院すればまた痩せてきてしまいます。そしてまた入院する。かつてはこの繰り返しでした。しかしいまは高濃度で高カロリーな栄養剤が開発されていますから、それを投与することで、早期に身体機能を回復させることができます。身体の治療にエネルギーを割かなくなった分、精神的なケアに気を配れるようになり、年々治療成績はあがっています。

完治は難しいかもしれませんが、薬物療法と精神療法、食行動だけに目が向かないようなメンタルケアでなんとか止められるようになってきたといえるでしょう。

そこで気をつけたいのは、特に10代の娘さんを持つ家庭です。一日二日食べないとか食欲がないということはよくあることですが、一週間食欲不振が続き、元気がなくなり、話しかけても応答がなくなるようになってきたら、まずは小児科にいくようにしてください。摂食障害は18歳を超えてから対処しようとすると、こじれるといわれています。

そう簡単に完治するものではないからこそ、早めの発見と対処が必要なのです。

(取材・島田 健弘)

日本精神科看護技術協会会長
天理医療大学準備室 教員
末安民生 先生