食のエッセイ

夏はメロンで乗り切るイタリア

 今年6月、2年半ぶりでイタリアの我が家への帰還を果たしたのはいいものの、連日の猛暑と雨不足で目の前の小川はほとんど干上がり、日中はなかなか外に散歩になど出る気分にもならず、凌ぎやすかった数日以外は鎧戸を締め切った薄暗い部屋の中で日没後の涼しさを待機しながら過ごすような滞在となってしまった。

 北アフリカの気候帯に覆われることで発生するイタリアの暑さは、昨今の日本の熱帯雨林気候的な湿気を帯びない分だけ不快指数は上がらない。とは言っても、ポルトガルでもスペインでも大規模な山火事は今や恒例になってしまったし、コロナ禍が完全に終息したわけでもない中途半端なこんな夏は、海や山で過ごすイタリアらしいバカンスを心底から楽しめるような気持ちにもなかなかならない。

 そうなってくると、無論食欲も減退気味になる。夏はそもそも食欲が消沈する季節ではあるのだが、今回イタリアに戻った私も特にあれが食べたいこれが食べたいという意欲に駆られることもなく、毎日冷蔵庫の中から取り出す食材も同じものばかり。定番はイタリアで「Affettate」と呼ばれているハムやサラミのようにスライスにして食べるような加工肉と、チーズ。それにメロンとサラダ。夫の実家へ久々に遊びに行っても、お昼にテーブルに並べられたのは、自分たちが普段食べているのと全く同じメニューだった。

 幸い「Affettate」の種類が豊富なので、毎日市場に行っては、同じ生ハムでも作られた地域や熟成度の違うもの、さまざまな種類のサラミなどでバリエーションに変化を与えて、飽きないように工夫だけはする。私の暮らすパドヴァでは馬肉を食べる習慣があり、それこそ馬肉は夏バテに良いとされているので頻繁に調達するが、その時も我が家ではやはりメロンと一緒に食べるのが定番になっている。メロンには肉を柔らかくしたり肉のタンパク質を分解する酵素が含まれているとされている上、むくみを解消し、メラニン色素を抑制するとも言われている夏にぴったりの食べ物だ。その効果がどれだけ認知されているかはわからないが、夏の間はどこの家にもメロンが冷蔵庫の中の空間を占拠し、他の食材はその片隅に押し込められるような状態となる。

 世界におけるメロンの消費量は、第一位の中国以外は圧倒的に中央アジアと中東が占めているが、欧州だとイタリアはスペインに続いて2番目、世界でも10本の指に入るほど高い。夏になればスーパーでも近所の八百屋でもメロンが山積みになっているのは決して気のせいではなかったということだ。

 メロンは前述したようにあくまでハムなどの加工肉と一緒に食べるものとして消費されているわけだが、この果物(日本の農林水産省の分類では“果実的野菜”)が食材として用いられてきた歴史は実は古代まで遡る。

 イタリア半島でメロンが普及したのは今から二千年前、帝政ローマの初期の頃と言われている。メロンの原産地とされるインドや西アジア、そして中東地域との交易が盛んだった地中海の沿岸地域では早くから栽培が始められていたが、イタリア半島には古代ギリシャないしエジプトからもたらされたという説が強い。大プリニウスも「マルメロのような形をしたキュウリ」という表現を使って、当時食材として導入されてまだ間も無いメロンを博物誌に記録しているが、この頃のメロンはまだ甘味がなく、プリニウスのキュウリという表現からもわかるように野菜と同様の扱いを受けていた。

 メロンは次第に古代ローマの食卓において欠かせない食材となり、ディオクレティアヌス帝の時代には200グラムを超える大きさのものには税金が掛けられるようになった。

 中世になってやっと今の我々が知るところの甘いメロンというのが開発され、大航海時代にはメロンは野菜から甘いデザートという嗜好品の扱いを受けるようになっていった。今もさまざまな地域においてメロンはデザートとして食べられているが、イタリアでは未だにメロンは果実としてではなく、しょっぱい加工肉と一緒に食べるための果菜であり続けている。

 そして、そんなイタリアのメロンの味はといえば、日本の甘やかされた環境で栽培されているメロンほどではないが、時々唸るほど美味しいものに出会えることもある。夕張メロンの初競が信じられないような価格でやりとりされているという、日本のニュースがイタリアのメディアでも報道されることがあるが、正直イタリアのその辺のスーパーで売っている何気ないひと玉3ユーロ程度のメロンでも、当たれば高価な夕張メロンなみの食感と味がするので、それぞれの国における同一の食材の価格的差異について深く考えさせられることもある。

 そんなわけで、夏のイタリアで最も消費量の高い食材の一つがメロンということになるわけだが、イタリアとメロンの密接な関係は、実際現地にしばらく暮らしてみないと見えてこない、生活の側面というものだろう。

 もちろんイタリア人全てが我が家のように夏の間メロンと生ハムばかりを食べているわけではない。

 日本では「イタリアでは夏になるとやはり冷たいパスタを食べるんですか」とよく聞かれるが、少なくとも私のこれまでの居た地域や環境では、冷たいパスタを振る舞われた経験がない。昨今のイタリア料理のレシピサイトを見ると、冷たいパスタのサラダなどが取り上げられてはいるから、地域や家族によっては昔から食べられている料理なのかもしれないが、決してイタリア全土においてトラディショナルなものと言えるかどうかはわからない。所詮パスタは茹で上がりの食感が命だから、ふやけて冷たくなってしまったものを、率先して口にしたがるイタリア人は、そんなにいないように思う。

 日本では昭和の時代からマヨネーズで和えたマカロニサラダというものが普及しているし、お弁当の中に冷めたナポリタンが付け添えられている場合もあるから、冷たいパスタに違和感を覚える人はいないのかもしれないが、例えばうちのイタリア人の夫はマカロニサラダを作っても、あまり食べようとはしない。彼にはパスタは温かいものでなければならないという頑固な信念があるので、冷めたパスタを出されると、無条件に電子レンジで加熱処理してしまう。

 その代わり、冷たい米というのは夏の間のメジャーなイタリア料理として存在する。「Insalata di riso」つまり米のサラダと称されるこの一品は、作り方が至ってシンプルだということもあり、食欲が減退しがちな夏の最中にはイタリア中のマンマが、多ければ週に1度や2度はこしらえているような印象がある。

 この時期にスーパーマーケットへ出向くと、茹でて冷ました米に中身を混ぜればいいだけの、瓶入りの米サラダ具材というのが店内の目立つ位置にびっしり並べられるようになる。その種類も様々で、オリーブオイル漬け仕様もあれば、油分の無いヘルシー仕様のものもある。

 瓶詰めの中身はさまざまだが、たいていはニンジン、グリンピース、ピーマンなどといった野菜を細かく切ったものにオリーブやケッパーが入っている。これを茹でて冷ました米に混ぜればもうそれでいい。物足りなければキュウリのピクルスやツナ缶、ソーセージやハムに新鮮なトマトを加え、パセリで彩りを添えてもいい。

 調理すると言っても米を茹でて冷ませばいいだけなので、そういった簡単さも含めてこのイタリアの真夏を凌ぐ一品は、私にとって素麺やざるそばと同じ立ち位置にある。しかも一度作り置きしておけば、2日間くらいは食べられるので、何をするにもやる気が足らない夏にはぴったりの一品だ。

 長きにわたる貧乏学生生活を過ごしたフィレンツェでの夏の定番は、ローコストで腹の膨らむこの米のサラダか、パンツァネッラというパンとトマトをかき混ぜたようなサラダをよく食べていた。これも実は恐ろしいほどお金も手間もかけずにできる料理なので、トスカーナの人は夏の間中頻繁に食べている。

 イタリアのパン、特にトスカーナの塩気のないパンは買った翌日になると何か工夫をしなければそのまま食べるのは厳しいほど不味くなる。しかし、この硬くなった不味いパンを細かく千切って、そこにぶつ切りにしたトマトやスライスした玉ねぎにキュウリの輪切り、オリーブにケッパーを混ぜ、エキストラバージンオリーブオイルで和えてパセリで彩れば、たちまち見た目もかなり小洒落た一品となる。我が家ではパセリの代わりにバジリコを使っていたが、ここにペコリーノといったチーズを細かく切って入れてもいい。

 カプレーゼサラダや白身の魚のカルパッチョ、イワシのマリネなど、真夏のイタリア料理はどの地域においてもバリエーション豊富だが、こうした夏のイタリアンにはやはり白ワイン、個人的にはベネト州の発泡酒プロセッコなどがまさにぴったりマッチングしてくれるのでおすすめである。

 実は我々がイタリアから戻ってきたその10日後に、今度はうちの夫が日本へやってきた。最初のうちは毎日スーパーで刺身や出来合いの寿司を買って「日本食は最高だ」などと歓喜しながら美味しそうに食べていたが、ある日気がつくと我が家の冷蔵庫の中にメロンがごろんとひと玉入っている。何これ、どうしたのと聞いてみると、スーパーマーケットで安く売っていたから買ったのだという。

「刺身は素晴らしいよ。でも、夏の冷蔵庫にはやっぱりメロンが入っていないと、どうも落ち着かないんだよ」

 我々日本人にとって、どんなに食欲がなかろうと夏の冷蔵庫に麺つゆが入っていないとどうも心許ない、あの感覚に近いものがあるのかもしれない。個人差はもちろんあるだろうとは思うが、少なくともメロンが夫にとって、そしてもしかすると多くのイタリア人にとって夏の象徴であることだけはよくわかった。

2022.07

ヤマザキマリ氏

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり)

漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。

1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。

2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章綬章。

著書に『スティーブ・ジョブズ』(ウォルター・アイザックソン原作)『プリニウス』(とり・みきと共著)『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パスタぎらい』など多数。最新刊は息子との海外移動の記録を綴った『ムスコ物語』(幻冬舎)。