食のエッセイ

〆のラーメン

 初めてワインを飲んだのは14歳での欧州旅行中だった。リヨン郊外に暮らす母の友人であるフランス人一家の家に滞在していたのはちょうどクリスマスの時期だったこともあり、私がどんなに頑なに断っても、ちょっとくらいなら大丈夫だと飲まされたのが水で薄めた赤ワインだった。

 17歳で始めたイタリア留学も、一杯の赤ワインでスタートした。空港まで迎えにきてくれた私の招聘者であるマルコ爺さんに連れられて入った、ローマのテルミニ駅付近にある簡素な食堂で、私の目の前に運ばれてきたのは、皿の縁まで盛られたミネストローネと立派な骨付き肉、そしてグラスにいっぱいの赤ワインだった。長旅と緊張、そして今まで嗅いだことのないローマの噎せるような空気に、私の食欲は全く機能する気配もなかったし、とても一人前とは思えない量の料理を前にこれからの心細さを感じて、私の目からは涙が噴出しかけていた。自分と縁もゆかりもないこの土地に馴染んでいくためにも、そして何よりこれからの私の留学生活を助けてくれるマルコ爺さんの好意を受け入れるためにも、私はその儀式をなんとかクリアせねばならなかったが、どうしてもフォークやスプーンを手に取る勇気が出なかった。

 いつまでも料理に手をつけない私を不審に思ったのか「まずこれを飲みなさい」と爺さんがワイングラスを私に差し出した。あまりに圧のある視線で見つめられたので、仕方なくグラスを手に取ると、言われるがまま赤ワインを一口だけ飲むことにした。すると不思議なことに、あれだけやる気を無くしていたはずの胃袋がたちまち活力を取り戻したのである。

 あの日から始まる長きにわたるイタリアでの暮らしにおいて理解できたことは、この国ではワインという酒はあくまで食欲を促すものであり、酔うために飲むものではない、ということだった。だから私はイタリアなど海外にいる時は決して酔うまで飲酒はしない。ましてや海外は日本よりも治安が不安定なところばかりだから、酔い潰れてへべれけの状態で外をふらふら歩こうものなら、いつ身包み剥がされるかわからない。下手をすれば命の危険にも及ぶ場合もある、そんな国から日本へ来てみると、夜の電車の中で寝たまま吊革にしがみついて揺れてる人や、シートで爆睡している人を目の当たりにすると、しみじみこの国はどれだけ平和なのかを痛感するらしい。

 そんなわけで、食事時に飲む一杯のワインを続けていくうちに鍛えられてきた私の肝臓ではあるが、10年ほど前から仕事が忙しくなって日本での滞在時間が増えていくうちに、お酒の飲み方も徐々に変化していった。

 コロナ禍になってから外での飲食の機会が減ったのと、家でのリモートの仕事が増えたこともあり、普段はほとんどアルコールを口にしなくなったが、仕事場には小規模なセラーが置いてあって、中には自分で買ったのから頂戴したものまで含めて美味しそうなワインが入っている。仕事が一区切りついた時のための、いわば目先にぶら下げられたニンジンみたいなものだが、つまり今や私にとってのワインは食欲増進のための飲み物ではなく、完全な嗜好品となってしまった。コロナ禍が明けてイタリアの夫がここへ訪ねてくることがあれば、おそらくそんな私のワインとの姿勢の変化に不安を覚えるだろう。先日もコロナ自粛でアル中になった人がイタリアではずいぶん増えたという話をしたばかりだから、私もご多分にもれず日々の気鬱をワインで解消しているのではないかと心配になるはずだ。

 何せ彼らはそう滅多に一本千円以上もするようなワインは飲まない。義父の場合は、地域の人たちが皆そうするように、近所の醸造所まで出向いてタンクで仕入れてきたワインを家で瓶に小分けにし、それを食事の際に飲んでいる。高くてもリッターで何百円単位のものだろう。ワインは日々の食事のための消耗品であり、さほど不味くさえなければそれでいいと皆思っている。イタリアに生まれたところで、日本のイタリアンで飲めるような高級バローロや高級ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを一滴も飲まずに人生を終える人などざらだと思う。

 食事のための消耗品としてのワイン、という飲み方をしなくなってしまった私は、日本でしょっちゅう二日酔いにも悩まされるようになった。飲み過ぎてはいけないとわかっていながら、味わい深さを求めてついついやりすぎてしまい、シメにラーメンが食べたくなるというのも、私の肝臓が日本仕様になった証だろう。

 そもそも、なぜ飲んだあとには無性にラーメンが食べたくなるのか。麺類であれば別にうどんや蕎麦でもいいという人もいるのかもしれないが、自分的にはラーメンであればどんなに飲んだあとでも喜んで食べられるし、あんなに脂質が高そうな作りになっているのに食べたあとにはスッキリさえしている、あのシメのラーメンとはいったいなんなのだろうか。前から気になっていたので少し調べてみると、要はアルコールを分解するために失われた糖質を補うための欲求によるものらしい。それと、ラーメンの麺に使われているアルカリ性の「かんすい」が飲酒で酸性を帯びた体にはありがたいというのもあるらしい。そしてスープの出汁となっている昆布のグルタミン酸や豚骨スープのイノシン酸というのもまたアルコール分解を助長してくれるのだそうで、ある意味飲み過ぎた体にとっては理想的な一品なのである。

 とここまで書いてふと思い出したのが、イタリアでも食事のためのワインではあっても気の許される場では飲み過ぎてしまう人も勿論いて、私が若い頃にいりびたっていたフィレンツェの芸術家たちのサロンでは、夜な夜なワインやグラッパやウイスキーの入ったグラスを手に、創作を生業としているおっさんたちが顔を赤くしながら論議を繰り広げていたものだった。夜半を回ると、誰ともなくサロンの奥にある台所へ姿を消し、15分後くらいに大きな皿に盛った「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ」を抱えて戻ってくる。するとその場にいた酔っ払いの芸術家たちはみな歓喜し、小皿にとり分けて、ニンニクとオリーブオイルの香りに包まれたそのシンプルなスパゲティをしみじみ旨そうに頂くのだが、麺類で失われた糖質を摂取するという意味ではシメのラーメンならぬ“シメのパスタ”とでもいうところか。

 または、郊外にあるディスコやクラブなどの娯楽施設の外に、ポルケッタという豚の丸焼きをパンに挟んだパニーノを売るキッチンカーが夜遅くまで停車していることがあるが、あれも要するに飲み過ぎの人のためのシメの一品料理である。スープでこそないが、ポルケッタにもアルコールを分解するイノシン酸が入っているからなのだろうか、確かに夜中に食べるには如何せん高カロリーではあるが、齧り付くと肉汁がちょっとパン生地に滲み込んで、これがまたしみじみ美味しいのだった。

 ちなみに気になって調べてみたところ、世界各国の「飲んだあとのシメ」料理はどれもこれも結構パンチが効いていた。

 アメリカのピッツァ、スコットランドではフライドポテトにフライドチキンなど脂っこいものてんこ盛りがセットになったもの、トルコやイギリスではケバブ、アイルランドではフィッシュ&チップス、チェコではチーズの揚げ物、中国では串焼きや小籠包、ドイツではカレー粉とケチャップで味付けしたソーセージ、メキシコのタコス、カナダではフライドポテトにチーズのソースみたいなのをかけたもの、タイではパッタイという麺料理、ギリシャでは蜂蜜をかけた揚げ菓子。

 飲酒で失われた糖質を求める世界中の肝臓の猛々しさたるや半端ない。とにかく、飲んだあとにスッキリしたいのなら脂質に糖質、というのが世界共通なのは良くわかった。

 かつてカーニバルの時期に訪れたブラジルの北東部の街で、カイピリンニャというサトウキビベースの強い酒の入った飲み物を何杯もおかわりをしてしまった私に、現地の知人が通りの屋台で奢ってくれたのが、豆と玉ねぎを練った生地に海鮮を詰め込んだ揚げパンのような「アカラジェ」という食べ物だった。とにかく食感も味も辛さも脂っこさも、そして屋台でそれを作って売っていた民族衣装のおばちゃんの巨体も、何もかもが強烈だった。決して体には良いとは言えないのは見た目からもありありとわかるのに、あれくらいのレベルでなければ、やりすぎてしまった自分には十分じゃないのだ。

 シメのラーメンにも、ポルケッタにも、アカラジェにも「飲みすぎたの? ほんとに仕方がないわねえ、まあいいからこれでも食べていきなさい」と自分の失態を嗜めつつも温かく見守ってくれる、寛大で太っ腹なおっかさんのような温かみがある。だから、まあ、時々の飲み過ぎも前向きな人生を送るためには必要なことなのだ。と、私は勝手に思っている。

2021.02

ヤマザキマリ氏

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり)

漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。

1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。

2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章綬章。

著書に『スティーブ・ジョブス』(ワルター・アイザックソン原作)『プリニウス』(とり・みきと共著)『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パスタぎらい』など。