食のエッセイ

牛乳を欲する人欲しない人

 日本の人は海外由来のものに磨きを掛けて商品化するのが得意であり、それもまた、日常の入浴習慣と同様、日本人と古代ローマ人の相似点ではないかと私は捉えている。

 例えば、もともとイギリスで開発された蒸気機関車は、その後何十年かの時を経て日本において新幹線という高速列車に進化を遂げたし、洋式便器は洗浄機能付きという世界で最も清潔を意識した便器に進化した。食べ物の分野においても他国由来でありながら日本で磨きが掛けられて世界的な評価を得るものも少なくない。

 ナポリで毎年開催される『世界ピッツァ職人コンクール』では、日本人が最優秀職人に何度も選ばれているし、様々な国で催される料理やお菓子のコンペティションでも日本の料理人や職人たちが数々の賞を獲得している。高度な技術が大衆レベルのニーズに向けられるというのも、例えば古代ギリシャ人たちが哲学や倫理を習得するための手段として演劇や音楽を鑑賞するために用いていた劇場を、やがて大規模な見世物のサーカスや闘技場の催し場として開発する感覚に似ているように思うのである。

 前置きが長くなってしまったが、イタリアで友人たちとそんな話をしているところへ夫が「そういうことなら、牛乳もヨーロッパのより日本の方が抜群に美味しいね」と口を挟んできたことがあった。私は夫を振り返り、驚いたように「牛乳?」と問いただした。日本に来ればイタリア料理は美味しいし、中華料理も美味しいしと、日本における海外の食文化の発展を褒めまくりの夫ではあったが、牛乳が美味しいという発言は初めてだった。

 夫いわく、世界の様々な地域を転々とするたびいつも気になるのは牛乳の味だという。牛乳の味がまずいと、その国でうまく生活していけるかどうかの士気が、わずかながらに萎縮する場合もあるのだそうだ。実際、夫は日本に来るたびに頻繁に牛乳を購入しては、そのまま飲むだけではなくシリアルにかけたりコーヒーに入れたりして、1日にかなりの量を摂取する。冷蔵庫の中には様々な銘柄のものが口の開いた状態で並んでいることがあり、日本語が読めない夫は、パッケージと値段からの印象でアタリをつけて購入すると、それらをじっくり飲み比べている。

 確かに牛乳を飲む習慣というのは、日本にもともとあったものではない。そう考えると、現代の高度な加工技術によって全国に流通されている牛乳も、日本人のテクノロジー進化気質による産物とも言えるだろうが、味に関しては夫ほど固執したことはなかった。そもそも私は、それこそ北海道に暮らしていた子供のころには浴びるように牛乳を飲んでいたが、十代半ばでイタリアに留学してからは、ぱたっと牛乳を飲まなくなってしまった。今もチーズや生クリームやヨーグルトのような乳製品は大好きでも、牛乳はあまり積極的には摂取しない。

 思い起こせば、イタリアに留学した直後、私がスーパーマーケットで見つけた牛乳は、なぜか冷蔵庫に入っていなかった。パッケージには牛の絵が描かれてこそいるが、牛乳のようなものが常温で置かれているはずがないと思って素通りしそうになったところで、一緒に買い物をしていたカラブリア人の友達から牛乳ならこれだと指され、半信半疑で購入した。その後家の冷蔵庫で冷やして飲んでみたのだが、自分がそれまで日本で慣れ親しんでいた牛乳の味とはあまりにも程遠くて、牛乳って国によってこんなにクセがあるのかと驚いたのが、それが牛乳離れのきっかけになったのは確かである。店内を探せばUHT加工されていないフレッシュ牛乳も売られてはいるのだが、置いてある数も種類も圧倒的に少なく、値段も高い。ヨーロッパの人は皆牛乳を積極的に飲んでいるものとばかり思っていたが、実はそういうわけではないことをその時に知った。

 この常温での長期保存が可能な牛乳は、“UHT”という超高温殺菌法が用いられていて、『LL牛乳』という名前がついている。目にした記憶はないが、日本でも製造されているらしい。容器は紙製だが、内側は空気と光を遮断するためのアルミでコーティングされているのが特徴だ。だが、調べてみるとイタリアのような乳製品の消費率が他と比べてそれほど高くはない国でLL牛乳が普及したその背景には、物流範囲の広さがあるという。私が子供の頃暮らした北海道はそう考えるとやはり新鮮な牛乳には事欠かない土地であり、思えばヴィオラ奏者だった母のお弟子さんの中には酪農家の子供たちも何人かいて、大量の搾りたて牛乳が月謝代わりだったこともあった。もちろん味としては生の牛乳よりは加工されたもののほうが圧倒的に飲みやすいわけだが、そこからも日本において商品化される牛乳の味が、相当な進化を遂げてきたことがよくわかる。

 そもそも、ヨーロッパでも牛乳の飲用が始まったのは19世紀中頃のことだという。ということは、日本で欧米から酪農が導入されたのが1870年ごろで、飲用として一般的に普及するのは1930年代になってからだから、実は飲料としての牛乳の歴史は欧州と日本とではそうかわらないのである。

 とはいえ、牛と限らずヤギやヒツジといった家畜の搾乳となると、歴史は古代にまで遡る。古代エジプトでは人間がヤギから乳を搾っている紀元前6000年の絵が見つかっているが、古代の人たちは牛よりもヤギやヒツジの乳を飲み、それを原材料としたチーズをよく作っていた。私が知るところでは、ヤギやヒツジの他にロバの乳というのも需要があり、クレオパトラやポッパエアのような古代の美女たちが美容効果のためにロバの乳を満たした風呂に浸かっていた話は巷では有名だ。牛も当時から搾乳されてはいたが、牛乳は脂肪分が分離しやすい性質から飲用ではなくもっぱらバターの材料とされていた。しかし、それは現代のように食用としてではなく、化粧品として裕福な女性のために加工されたものであった。オリーブに事欠かなかった地中海沿岸の地域では、油脂分の補給はオリーブで十分賄えているわけで、バターのような動物性油脂を摂取するのは野蛮な人間の行為とされていた。

 エジプトやパレスチナなど遊牧民の多い地中海沿岸の地域では携帯可能な油脂としてバターは重宝されていたが、定住民は基本的にオリーブで油を摂取し、牛乳から取れるバターは化粧品、バターが取れた後のホエー(乳清)は豚や牛の肥料となっていたそうだ。北部ヨーロッパやインドなど牛が聖獣とされている地域においては、バターは貴重な食用油として繁栄するようになり、実はその傾向は現代の各地域の料理法にも残っている。

 例えばイタリアでは南部に行けば行くほどバターの需要は少なくなり、料理にもバターや生クリームが用いられることは滅多にない。あったとしても、それは現代風なアレンジがなされてそうなったのであり、本質的に彼らはあまり牛乳の加工品を食事には用いない傾向がある。チーズも、サレルノが原産とされるモッツァレラのような水牛の乳を原材料にしたものがある以外は、ほとんどがヤギやヒツジの乳が原材料になっている。牛のチーズはエミリア・ロマーニャの酪農の盛んな地域から北部やアルプスの山岳地帯に向かって行くほど増え、同時に料理にもバターや生クリームが使われるものが多くなる。ヨーロッパ全体でみても、やはり北部のほうがバターや牛乳でつくられたチーズの需要は高い。

 先述のカラブリアの友人と一緒に暮らしていた学生時代、アマトリチャーナ・スパゲティのソースを作るのに玉ねぎを炒めようとオリーブオイルの瓶を手に取ると、中にはほんのわずかしか入っていなかった。私はその代用のつもりで冷蔵庫からバターを出してナイフで適量を切り、それをフライパンに入れて玉ねぎを炒めようとしたところ、友人から「ちょっとやめて、アマトリチャーナはドイツ料理じゃないのよ!」と大声を上げられたことがあった。オリーブオイルがないのならバターではなく、せめて揚げ物用の菜種油を使ってくれというのである。

 数年前、シカゴ大学で知り合ったシチリア人の友人のカターニアにある実家を訪れた時に驚いたのは、彼らが牛乳ではなく、ごく当たり前にアーモンド・ミルクを飲んでいたことである。「牛乳は飲まないの?」と聞いてみると、その家では代々アーモンド・ミルクを飲んできたので牛乳はあまり好きではないというのだ。しかもこのアーモンド・ミルクは普通に1リットルの紙パック入りの状態で、スーパーマーケットに並べられている。おそらくそれなりの需要があるのだろう。一緒にいた夫が「申し訳ないけど、僕は朝はどうしても牛乳を飲まなきゃ気が済まないから」と牛乳を探しにいくなり、一緒にいた友人のお父さんが「北の人らしいな」と、にやにや笑いながら呟いた。今もなお、シチリアやカラブリアの人々のメンタルには牛乳は古代時代と同じく、どこか洗練されていない、野蛮な人間が口にするものという意識が僅かながら残っているのかもしれない。

 牛乳偏見、という言い方はどうかとも思うが、少なくともその傾向は古代からわりと長い間欧州にはあったし、今も南部イタリアでは、牛乳は確固たる市民権を獲得できていない。時々牛乳が果たして体に良いのか悪いのか、牛乳よりも豆乳を摂取すべし、なんていう論議をネット上で見ることもあるが、夫は頑なに牛乳の成分を信じ、その存在に感謝しながら日々を生きている。ある朝、テーブルの上に置いた牛乳のパッケージとコーヒーの写真を写メして、イタリアの妹に「世界一うまい牛乳」とコメントして送っているのを見たことがあるが、彼にとって牛乳とビールは西洋発でありながらもその製造の洗練を日本で極めた二大美味飲料であり、日本へ来る楽しみの大事な要素となっている。

ヤマザキマリ氏

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり)

漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。

1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。

2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章綬章。

著書に『スティーブ・ジョブス』(ワルター・アイザックソン原作)『プリニウス』(とり・みきと共著)『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』『パスタぎらい』など。