食のエッセイ

世界の朝メシ

 先日、日本へやって来るのに久々に日本の航空機を利用した夫が、機内での朝ごはんに鮭とご飯と味噌汁が出てきたのを見て戸惑い、実は自分がいまだに日本の風習や文化に馴染めていないどころか、拒絶感があることを自覚したという。それを聞き、私はかつて11人の熟年イタリア女性たちを動員して日本を巡ったときのことを思い出さずにはいられなかった。確かに彼女たちにとっても和式の朝食は相当ハードルが高かった。古い日本家屋の旅館に「泊まりたい、泊まりたい」とうるさいので、コーディネーター兼引率者であった私は、頑張って飛騨高山と金沢に古き良き佇まいの旅館の部屋をおさえ、イタリアから遥々やって来るおばちゃんたちの素敵な思い出作りに全身全霊で尽力した。

 初日は初めてのエキゾチック宿泊施設の雰囲気と、大部屋のお座敷に皆で集まって食べる和式の夕食にたいそう興奮し、浴衣姿で少女のようにはしゃいでいた彼女たちだったが、翌朝、朝食会場のそれぞれの席に座るなり、皆じっと黙って自分たちの前に用意されている御膳を凝視したまま、なかなか箸を持とうとしない。ちなみに御膳の上に乗っていたのは川魚の焼きものにシンプルなお刺身、卵焼きにおひたし。お豆腐の入った味噌汁。お漬物。品数も量もいかにも無難な日本の朝食といったメニューだった。

 「まさか、これが朝ごはんなの?」とひとりが私に問いかけた。そうだと答えると、「夕食と間違えてるんじゃないの」と真顔でとなりにいた姑から問い質された。「朝っぱらから生の魚と焼いた魚なんて、こんなの信じられないわよ」周りのおばちゃんたちも苦笑しながら頷いている。姑に誘われ、なんとなくノリでこの旅行に参加した人がほとんどだったので、日本の食事情についての下調べが不足気味であっても止むを得ない。そう思いながら私は丁寧に「いえ、これがオーソドックスな旅館における朝の食事ですよ」と簡潔に答えた。そして「いただきます」宣言をすると、周りを気にせずさっさと美味しそうな焼き魚をほぐし始めた。おばちゃんたちもそれを見て、やっとひとり、そしてまたひとりとちびちびおかずやご飯を食べ始めたが、その表情は神妙で、視覚と嗅覚情報だけですでに胃が拒絶反応を起こしているのが見え見えだった。

 彼女たちに限らず、我々は旅をする時、その行き先の名物料理がどんなものであるのかという知識はあっても、普段土地の人が朝に何を食べているのかまで調べることは滅多にない。イタリアといえば美味しいパスタとワインを堪能する妄想に頭を膨らませることはできても、まさか彼らが朝食らしい朝食をとらない人種である、ということまでは多くの旅行者は知らないはずである。

 通常、世界のどこへ行っても都市部のホテルの朝食はコンチネンタル様式で、パンもコーヒーも紅茶も欠かさない。ビュッフェのテーブルにはハムやソーセージや卵料理も並んでいる。あの朝食のスタイルというのは、いわば世界共通言語の“英語”みたいなものであり、どんな文化圏の人であってもとりあえず無難に受け入れられるメニューになっている。しかし、日本の場合、伝統重視の古い旅館のような宿泊施設の朝食では、選択の余地なくご飯とおかずに汁物という和式を振舞われるのが常である。

 地域の伝統的朝食のみをふるまう宿はもちろん日本に限ったことではない。以前取材で訪れた中国の田舎にある宿泊施設での朝ごはんは、日々是お粥とザーサイなどの副菜しか出されなかった。ハムや卵料理どころか、パンもコーヒーも紅茶もない。そのあたりに暮らす一般的中国人が食べているのと全く同じ朝食だと言われ、私はしばらくその中国西域風の朝食を取り続けた。

 以前暮らしていた中東のシリアでも、田舎の宿泊施設では地元流の朝食しか食べられなかった。きゅうりなどの新鮮な野菜にオリーブ、ピタパンにひよこ豆を潰したペーストのホムス、その他やはりパンに塗りつけて食べるための様々なペーストが盛り付けられた皿がずらりと並べられ、それを一式食べるだけでもかなりの満足感だし、腹持ちも良い。それでも、いまだに私が異国の地元式朝食に積極的に挑む気持ちになれないのは、いったいなぜなのか。

 緊張感をともないつつ慣れない場所を旅していると、おそらく就寝時に私たちの体やメンタルは普段通りのバイオリズムを取り戻そうとするのかもしれない。だから朝になって目が覚め、起き上がって間もないうちにいきなり土地独特の食事を目の当たりにしても、精神的に異文化適応への心の準備ができていない。かつて日本の旅館での朝食に思い切り戸惑ったイタリアのおばちゃんたちが、夕食時や昼間と比べて朝食に積極的になれなかったのは、そんな精神状態が影響していたからなのではないだろうか。

 ちなみに私は日本で生まれて17歳までは日本で育っているが、家での朝食が和式だったことは滅多にない。理由は、私を育てた母親自身が朝から和食を食べる家に育っていないためである。母の父親、つまり私の祖父は大正期から昭和の初期まで10年以上アメリカで暮らしていたため、母が幼い頃は家での朝食はオートミールとパンにバターが定番だったという。実際祖父と暮らしていた頃、私はいつも買い物のついでにクエーカー印のオートミールの調達を頼まれていた。そのおかげで、イタリアに移り住んでからも、朝っぱらから甘いものとコーヒーや紅茶などの飲み物のみで済ますという、イタリア式朝食スタイルには違和感は覚えなかった。

 イタリアの人たちが朝に摂取するのは基本的にエスプレッソなどの濃いコーヒーと甘い菓子。血糖値をカッと上げるのが朝食の目的だから、その程度でいいのである。場所にもよるが、イタリアの中級のホテルでは、コンチネンタルブレックファーストもそれほど充実していないところが多い。生ハム、ボイルハム、モルタデッラ。チーズに市販のヨーグルト。ブリオッシュ系のものと普通のパン、そしてそれに塗る個別包装のジャムやバター。だいたいこんなところだろうか。気が利いていればゆで卵やフルーツも置いてあるが、サラダのような野菜類が用意されていることは滅多にない。パンにつけるものとして、イタリア生まれのチョコとヘーゼルナッツのペーストである『ヌテッラ』がさりげなく置いてあるところが、ちょっとしたイタリアらしさ、とでもいうべきか。

 今までで一番きつかった世界の朝食はなんだったろうかと記憶を巡らせてみると、飛行機での移動中に機内で出る朝食の画像がすぐに思い浮かんだ。卵は大好きな食材だが、なぜか機内で食べるオムレツなどの卵料理は食べると胸焼けがして気持ちが悪くなる。理由はきっと卵自体の問題ではなく、先述したようなメンタル的問題なのかもしれない。機内における私の胃袋は疲労によって大抵食欲を欠いている。できれば絶食でもいいくらいなのに、朝食と言われるとその日のエネルギー補給のための摂取義務感が発生する。そう、朝食というのはどこか「食べなければいけない」という義務的意識が伴うものであり、それが辛かったりするのだろう。加えて、朝食が振舞われる時間になると狭い密閉空間の中に広がる、機内食の独特な匂いもダメなのかもしれない。着陸2時間前に漂い始めるあの「強制目覚めの食事」の空気はなかなかしんどいものがある。

 ついでに、実は私も日本の旅館などで出されるゴージャスな和式朝食には軽い抵抗感があり、ああいった料理一式を起き抜けでいきなり食べるのはかなりハードルが高い。なので、外泊をするときは必ずいつも朝に食べているシリアルバーやクッキー、チョコレートを持参し、粉末の甘いミルクティーでそれをまず目覚め直後に、ささっと人知れず食す。そうやっていったんメンタルと胃袋を安定させてから、和式の朝食をいただくと結構食べられるということが近年になってわかった。

 年齢のせいもあるとは思う。あるとは思うが、やはり世界のどこであろうと、他所様の家であろうと、目覚めて間も無く目の前に出されたものを難なく美味しくいただき、1日健やかに過ごすことのできる逞しい胃袋の持ち主を羨ましいとつくづく思う。それこそ真のコスモポリタンだと言っていいかもしれない。旅館に泊まっても、目が覚めた直後にこっそり自分の家で毎朝食べている甘いものを摂取しなければ焼き魚や白いご飯の朝食に挑めない私は、胃袋という次元においてはとんでもなくローカルで保守的な人間なのである。

ヤマザキマリ氏

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり)

漫画家・文筆家。東京造形大学客員教授。

1967年東京生まれ。84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。

2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章綬章。

著書に『国境のない生き方』(小学館)『男性論』『ヴィオラ母さん』(文春新書)『パスタ嫌い』(新潮社)『スティーブ・ジョブズ』(講談社)『プリニウス』(とり・みきと共作 新潮社)『オリンピアキュクロス』(集英社)など多数。