食のエッセイ

創作中華を楽しむ

 45年前に保谷市(現・西東京市)で所帯を持った時、困ったことのひとつは家族や友人たちとともに味を楽しみたくなる中華料理店が見つからないことだった。
 吉祥寺にゆけば、名の通った店がないではない。しかし、ここはいいな、と思って何度か通ううちに料理人が替わってしまうのか味が変わり、がっかりさせられることが相ついだ。
 ところが昨令和元年のこと、西武新宿線田無駅から徒歩5分のところにある広東料理の「墨花ぼっかきょ」を人に教えられ、その味にえらく感動したので、この名店について書いてみる。
 ここは一応広東料理の店と称しているが、一品一品に工夫が籠められているので創作中華といってよい。この春の「季節のコース」として供されるのは次の9品だ。
(1) ケールのサラダ
(2) 花くらげと季節野菜の甘酢漬け
(3) “墨花居名物”よだれ鶏
(4) 小籠包と上海焼売
(5) カキと白菜、木の子のスープ土鍋仕立て
(6) 海老とちぢみほうれん草の沖縄塩炒め
(7) 米沢豚と芽キャベツの回鍋肉
(8) ズワイ蟹と季節野菜のあんかけ固焼きそば
(9) デザート
 ケールは青汁の原料として使われている野菜だが、この店では契約農家直送のそれにカシューナッツをまぶし、自家製ドレッシングをかけて出される。これはなかなか感動的な味で、この一年の間に私がここに案内した客のうち、これを食べて「うまい!」と叫んだ人が3組いた。
 (2)の花くらげもしっかりした味わいで、一般に三色盛りの一品として出されるくらげとは風味も触感もまったく違う。
 (3)のよだれ鶏とはホロホロ鳥のこと。よだれが出るほど美味だからよだれ鶏で、うちの娘はこれが大好物になってしまった。
 (4)はよく知られているので省略。(5)は3種の具材の取り合わせが絶妙であり、胃にやさしいスープ。(6)では塩炒めほうれん草がワカメのようななめっこい触感なのに、大いに感心した。
 (7)(8)と中華料理がつづくものの、(1)(3)(5)(6)などは和食として出されても美事な品々だから、本稿では墨花居田無店のコース料理を創作中華と表現してみたのだ。
 なお、このコースのお値段は3,500円。90分飲み放題のコースを付けても一人前5,000円で上がるのはお得感があるし、その飲み放題コースで注文できる紹興酒やワインもかなり質の良いものがそろえられているのがうれしい。
 最後になったが、この店は給仕してくれるみなさんも所作が洗練されており、気持ちよく舌鼓を打つことが出来るのはまことにありがたい。
 けだし名店とは、このようなレストランをいうのであろう。

中村彰彦氏

著者:中村彰彦(なかむら・あきひこ)

1949年栃木県生まれ。作家。東北大学文学部卒。卒業後1973年~1991年文藝春秋に編集者として勤務。

1987年『明治新選組』で第10回エンタテインメント小説大賞を受賞。1991年より執筆活動に専念する。

1993年、『五左衛門坂の敵討』で第1回中山義秀文学賞を、1994年、『二つの山河』で第111回(1994年上半期)直木賞を、2005年に『落花は枝に還らずとも』で第24回新田次郎文学賞を、また2015年には第4回歴史時代作家クラブ賞実績功労賞を受賞する。

近著に『疾風に折れぬ花あり 信玄息女松姫の一生』『なぜ会津は希代の雄藩になったか 名家老・田中玄宰の挑戦』『智将は敵に学び 愚将は身内を妬む』『幕末「遊撃隊」隊長 人見勝太郎』『熊本城物語』『歴史の坂道 – 戦国・幕末余話』などがある。

幕末維新期の群像を描いた作品が多い。