食のエッセイ

吸引力

 近所においしいお蕎麦屋さんが続々とできており、昔からあるおいしいお蕎麦屋さんを含めて、いまや五軒ぐらいのなかから、「今日はどのお店にしようかな」と選べる状態になった。わーい、蕎麦長者だ(?)。

 うまい蕎麦屋があるという喜び。これはなににも替えがたいものだ。蕎麦屋は、蕎麦のみならずうどんもあるし、「冷」にも「温」にも対応してくれる。丼物だって食べられる。店によってはラーメンもあったり、夏に冷やし中華がメニューに加わったりもする。どんな気分や空腹度合であったとしても、蕎麦屋に行きさえすれば満足できる感がある。

 そしてここが肝心なのだが……、堂々と昼酒が飲める。徹夜で仕事を終えた真っ昼間、蕎麦屋で「もろきゅう」や「蕎麦味噌」をつまみに熱燗を傾けるのは至福のときである。どこの蕎麦屋にもたいがい、いい気分でちょびちょび飲んでる常連のおじいさんがいる。心強き同志の存在。蕎麦屋には「昼酒文化」と「一人飲み」が根づいているので、店員さんやお客さんから白い目で見られることもなく、就労時間が一定しない身にとっては大変ありがたいのだった。

 一品料理をいくつか注文し、日本酒を二合ほど飲んだあと(正直言って、私が日本酒を「飲んだな」と思えるのは半升からだが、昼なので慎み深い量にとどめるのである)、いよいよざる蕎麦を食べる。蕎麦湯が好きなので、真冬だろうとざる蕎麦派だ。

 しかし私は以前から、蕎麦を食べるとちょっと息が苦しくなるなと思っていた。もしやこれ、蕎麦アレルギーなのか? お蕎麦が大好きなのに、食べられなくなってしまうのか?

 不安になり、蕎麦アレルギーについて調べてみた。「喘息発作、くしゃみ、じんましん、嘔吐、下痢などの症状」と書いてあった。ひとつも当てはまらない。

 それで気づいた。ちょっと息が苦しくなるのは、必死こいて蕎麦を吸いこんでいるからではないか? そう考えると、得心がいく。ざる蕎麦を食べ終え、蕎麦湯を飲んで「ふう」と一息つくころには、もう息苦しくないのだ。つまり、酸欠になるぐらい夢中で蕎麦を食べてただけだった。

 アレルギーは本当に命にかかわるので、「ちょっと変だな」と感じたら、どんな料理であってもすぐに食べるのをやめ、検査を受けてみていただきたい。そして私は、掃除機じゃないんだから、そんなに吸いこみに命かけるのはやめたほうがいい。いや、お恥ずかしい。好物なもんで、ついついゾバーッと蕎麦をすすってしまって……。

 うどんは太いので、私の肺活量ではそんなに勢いよく吸えないし、そうめん、ラーメン、冷やし中華も好きだけど、蕎麦ほどがっつこうとは思わないんですよね。パスタはすすって食べたらお行儀悪いし。おお、蕎麦よ。汝に対してのみ、我はブラックホールとなりて、貪欲に吸いこまんとしてしまう……!

 昼酒は一合にとどめ、蕎麦もよく嚙んでゆっくり食べようと思いました(よい子の誓い)。

 それはそうと、アレルギーで思い出したのだが、私の弟は十代のころから、「パイナップルを食べると腹を壊す」と言っていた。両親も私も、「えー? 気のせいか偶然じゃない」とまともに取りあっておらず(昭和感)、弟は一人、パイナップルを食べるのを謝絶していた。まあ、そんなに頻繁に食卓にのぼるものでもないので、特に問題はなかったのだが、ある日、「パイナップルアレルギー」もあると新聞記事かなにかでようやく知った。

「偶然じゃなかったんだね。あんた、パイナップルアレルギーだよ!」
「だから俺は、ずっとそう訴えてきただろ」
「(腹を壊す=アレルギーという訴えだったのか。知識が乏しくてわかってなかった)ご、ごめん。ほかにもアレルギーがあるかもだから、検査してきなよ」
「いいよ。たぶん、あとは花粉ぐらいだろ。あ、マンゴーを食うと口がビリビリするけど」
「マンゴーアレルギーだよ!」
「マンゴー食う機会、そうそうないし、よけてるから平気」
「そういえば、エビやカニもきらいだよね。もしかして、それも?」
「エビとカニは、ただ単に味と形状が好きじゃないだけ」

 形状はともかくとして、エビとカニの味が好きじゃない? そんな人類がいるなんて……(そりゃいるだろう)。

「あのさ」
と私は姿勢を正して言った。「私の好きな果物、一位・モモ、二位・マンゴーなんだよね。あと、好きな食材、一位・エビです。もちろん、パイナップルもカニも好物だよ」
「おまえ食い意地張ってて、なんでも好きじゃん」
「そうなんだけど、なかでも特に好きなものが、あなたが食べられないものなんですよ。やっぱ姉弟ってのは運命っつうか、うまくできとるもんですなあ。つまりね、レストランかどっかで一緒にご飯食べるとき、まあそんなこと十年に一回ぐらいしかないけど、そういうときにエビ・カニ・マンゴー・パイナップルが出てきたら、遠慮せず、すべて私にまわしてくれていいから。私があんたの代わりに、責任持ってぜーんぶ食べてあげるからね」
「はいはい。その巨大な胃袋に、全部吸いこんでくださいよ」

 麗しい姉弟愛を、掃除機みたいに言うない!

2024.02

撮影:松蔭浩之

著者:三浦しをん(みうら・しをん)

1976年東京生まれ。

2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。