食のエッセイ

一人タコパ

 両腕とも激しい痛みに襲われていた五十肩は、現在、右肩はほぼ完治、左肩は上腕部が少々うずく程度にまで快復してきた。

 まあ、完治といっても、顔の横で右腕をピンとのばして上げることはできない。たとえるなら、教室で挙手して、「先生ー、わからないところがわかりませーん」と申告したくても、なんか微妙に肘が曲がってて腑抜けた態度に見える、みたいな感じだ。理学療法士さんも、「あれ? 痛みはもうないんですよね。なのに腕が上がりきってないな」と首をかしげている。

 念のため、五十肩に見舞われる以前の記憶を掘り返してみた。半年ほどまえの春ごろ、私は剪定せんていバサミで植木の枝を切ろうとしたが、右腕がピンとのびきらないため、タッチの差で手が届かず、「面倒だなあ」と思いながら踏み台がわりの椅子を運んでいた。さらにずーっとさかのぼって高校時代、体育の授業でバレーボールをやることになったが、私は両腕ともうまく上がらなくてボールを受け止め損ね、顔面レシーブをしていた。

 結論:肩関節がもとから固かった。

 後者のエピソードに関しては、肩関節というより運動神経の問題のような気もするが、とにかく私はずいぶんまえから、腕をピンとのばして上げることができていなかったと判明した。

「まだ治ってないのかな?」
と困惑する理学療法士さんに、
「大丈夫です。これが私にとってMAXに腕をのばして上げた状態だと思われますので、おかげさまで完治しました」
と言ったところ、
「それはちっとも大丈夫ではないですね」
と、肩関節の可動域を広げるべく、いっそう熱心なマッサージを施された。すみませんなあ、全関節カチカチ人間なばかりに、お手数をおかけしてしまって……。

 これは「食エッセイ」のはずなのだが、第一回からずっと「五十肩レポート」の様相を呈しており、連載の趣旨を逸脱してしまっている。だが、ここから華麗に「食」の話へと展開させていくのがプロの技だ(?)。

 右肩=ほぼ完治、左肩=上腕部の肉の奥のほうがにぶくうずく程度になったのを記念し、私はタコ焼きパーティーを開催することにした。むろん、パーティー参加者は私一人だ。

 私の大好物のひとつがタコ焼きで、これまでも自宅で黙々とタコ焼きを作って食べてきた。一時期はタネの配合を熱心に研究し、「ほとんど水のようで、これで丸く固まるのかなって不安になるぐらいのタネがベスト」と自分のなかで答えを出してもいる。タコ焼きは、度胸と(タコ焼きへの)信頼が大事だ。シャピシャピのタネでも、こちらがうろたえることなく、どっしり構えてじっくり待てば、外はこんがりカリカリ、なかはトロトロの、おいしいタコ焼きとなる。

 しかし五十肩のあいだは、タコ焼きづくりを封印せざるを得なかった。拙宅のホットプレートは、鉄板のみならずタコ焼きプレートや専用鍋にすげ替え可能なすぐれものなのだが、ものすごく重い。シンク下の棚に収納してあるので、腕が上がらない状態でも手は届くものの、引っぱりだそうとすると、ただでさえ痛む肩が重みで引っこ抜けそうになる。

 それで、「タコ焼き食べたいなー」と思いつつ、しばらく我慢していたのだ。いや、正確に言うと、さまざまなコンビニやスーパーの冷凍タコ焼きを買って、食べてはいた。冷凍タコ焼きにもいろんな流派(?)があり、どれもおいしかったが、私は特に、スーパー「サ○ット」で売っている大袋入りのタコ焼きが好みだった。大玉なぶん、タコがちょっと小さく感じられてしまうのが無念だが、ちゃんと一個に一切れはタコが入ってるし、レンジでチンするとなかがトロトロになるし、タネに混ぜこまれた出汁の塩梅あんばいもちょうどいい。

 スーパーは地域ごとに「地元の雄」が存在するので、お近くに「サミッ○」がないかたも多いだろう。その場合はぜひ、「うちの近所のスーパーの冷凍タコ焼き」情報をお寄せください。機会があったときに立ち寄って購入します(タコ焼きにかける情熱)。

 とにかく、ホットプレートを引っぱりだせるようになった私は、いそいそとタコ焼きプレートを装着。小麦粉、卵、顆粒出汁を水と牛乳で割り(←出汁を取る面倒くささが情熱を上まわったもよう)、シャピシャピのタネを作って、半球状の穴が並んだプレートに流し入れる。ついで、大きめのブツ切りにした茹でダコの足を、すべての穴に二個ぐらいずつ投入。味に変化をつけるため、一部の穴にはチーズやらウインナーのブツ切りやらも投入。細かく切った紅ショウガと、天かすをプレートに散らし、みじん切りしたキャベツでプレート全体を覆うようにして、あとは火が通ってくるのを待つばかりだ。

 少し固まってきたら、プレートにはみでたタネを、竹串でキャベツごと各穴に集約させるようにすればいい。そのうち、半球状のタネを穴のなかでスムーズに動かせるようになるので、竹串を引っかけてころんとひっくり返す。気が向いたときにころころと転がすようにすれば、勝手に球状になってできあがり。

 私は幾度となく繰り返してきたタコ焼きづくりから、心に刻みたい格言を導きだした。「ひともタコ焼きも、いつかは丸くなる」。当初はてんで手ごたえのないシャピシャピ加減でも、なんら案じることはないのだ。

 こうして、ひさびさの一人タコパを満喫し、調子に乗って二巡目も焼いた。しかし拙宅のタコ焼きプレートは、大玉が一度に二十一個も作れる仕様なのだ。合計四十二個が焼きあがったわけだが、がんばっても八個食べるのが限界で、残りの三十四個はお皿に月見団子のように盛って、ラップをかけて冷蔵庫にしまった。

 それから三食×二日間、チンしたタコ焼きを食べつづけることになった。好物とはいえ、さすがにちょっと飽きたので、タコ焼きを食べ終えた翌日は、キャベツとウインナーの残りを使って焼きそばを作った。またソース味……!

 なんとか「食」の話には展開させられたが、華麗な内容にはならなかった。

2023.11

撮影:松蔭浩之

著者:三浦しをん(みうら・しをん)

1976年東京生まれ。

2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。