八分目はどこにある
「食」に関するエッセイをとご依頼いただいたが、私はほぼ毎食、十分ほどでちゃちゃっと調理したものを、五分ほどでむっしゃむっしゃとたいらげている。つまり、「腹が満たされれば、なんでもありがたい」派で、あまり食へのこだわりがない。ついでに言うと料理の腕前もない。おいしいものは大好きだし、たまに外食しようと思い立ったときには、「どの店でなにを食べるか」を三日まえから真剣に脳内で検討してしまうぐらい食い意地が張っているが、ふだんは同じもの(たとえば冷凍のタコ焼き)を何日食べつづけてもまったく苦ではない。
だから、読者のかたにとって有益なレシピを提供することも、素敵なお店を紹介することもできないと予想され、そんな「食エッセイ」ってあるんだろうかと早くも申し訳ない思いでいるのだが、ここでもうひとつ申し訳ない報告をせねばならない。私はここ十日ぐらい、サラダとゆで卵しか食べていないのである。サラダとゆで卵は料理と言えるのか、そしてサラダとゆで卵で「食エッセイ」が成立するのか、暗雲が立ちこめている。
問題は五十肩だ。
私は現在、両肩とも猛烈な五十肩に襲われており、左右の腕をほとんど動かせないため、髪の毛も結べないし、上方の棚にある買い置きのトイレットペーパーを取ることもできないし、なんならトイレでお尻を拭くのもやや困難な状況だ。一番つらいのが寝返りを打つことで、就寝中、無意識に左右どちらかの肩が体の下に来るような体勢を取った瞬間、「ぎゃっ」と痛みで目が覚める。そのあと三十秒ほど、声もなく肩をさすりつづけなきゃならないぐらい痛い。
おかげで睡眠不足の日々がつづいていたのだが、病院で痛み止めの貼り薬をもらったら、ひさびさにすかーっとよく眠れた。しかし起床してみると、右肩に激痛が走り、腕の可動域がますます狭くなっていた。痛み止めのせいで、横向きに寝ても目が覚めず、一晩じゅう我が全体重がかかった右肩が、ついに完全に故障したのだった。
そりゃそうだよな、と思った。何日でも冷凍のタコ焼きを食べつづけられることから推測されるように、私は炭水化物が大好きなのだ。必然的に、私の体重は右肩上がり。いや、右肩は現在まったく上がらない状態なわけで、ややこしい表現をしてしまったが、とにかく体重が重い! これが五十肩に文字どおり負荷をかけているにちがいなく、少しダイエットでもするか……。ほんとにほんとにいやだけど、炭水化物を控えめにし、なるべく菜っ葉を食べて、横向きに寝ても肩が崩壊しない体重になるよう努めよう。
それで、サラダとゆで卵しか食べない日々を開始した。レタスだけでは気合いが入らないかもと懸念されたので、ケールたらいう苦みを帯びたおしゃれな菜っ葉も買ってきて、刻んでもりもり食べた。しかし三日目には飽きて、ドレッシングをたっぷりかけるようになったし、ゆで卵にマヨネーズを添えだした。四日目からはシーチキンとゆでたブロッコリーとアスパラガスも加わった。もちろん、これらもマヨネーズをかけて食べる。五日目には、アボカドとトマトをワサビとマヨネーズで和えたものも登場した。どう考えてもマヨネーズが多すぎる。
六日目。またこしらえたアボカドとトマトのワサビ&マヨネーズ和えをまえに、卒然とひらめいてしまった。これ、そうめんとともに食したらおいしいんじゃない? さっそく、ゆでたそうめんを水切りして丼に盛り、ゆで卵を中央にでーんとめりこませ、まわりをアボカドとトマトの和えもので囲み、さらに外周にシーチキンやらレタスやらブロッコリーやらアスパラガスやらをちりばめ、めんつゆをぶっかける。
予想どおり、美味であった。以来ほぼ毎食、このそうめんを食べている。
「ここ十日ぐらい」、サラダとゆで卵しか食べていないと言ったのは噓だった。実践できていたのは最初の二日ほどのことで、三日目からマヨネーズ三昧なうえに、そうめんという炭水化物までまんまと摂取していまに至っていた。お詫びして訂正する。
毎夜、我が全体重がかかる左右の肩は、あいかわらず悲鳴と軋みを上げている。トイレットペーパーホルダーに装着してある紙はもうすぐ使いきってしまいそうだ。だが、棚から新たなトイレットペーパーを取って補充することはできない。どうすればいいんだろう。踏み台を使ってみたが、まじで肩の位置より高くは両腕を上げられないので、棚に手が届かない。ピンチすぎる。なのに炭水化物を食べている。なんなら、いつもは食べない菜っ葉も食べているぶん、摂取カロリーが増えている。絶望的だ。
腹八分目にしなさい、と子どものころから言われてきた。けれど食い意地が張っているがゆえに、「八分目」がどこなのか、この年になってもわからないままだ。年々歳々、体重は増加し、むろん胃もどんどん大きくなっているはずで、本来の「八分目」がますます見失われていく。いまの私が理性を総動員させて腹八分目にとどめたところで、それは本来の胃のサイズからしたら「十二分目」に相当するぐらい食べていると思われ、さまよえる「八分目」を探り当てる道のりは険しい。
なにかが過剰なのだ。サラダからさりげなく(?)炭水化物に移行する食い意地も過剰だが、ストレッチについてまったく思いを馳せることなく生きてきたのも、「運動しない」ぶりの徹底が過剰。生まれてこのかた、あらゆる面で「ほどほど」という塩梅がわかったためしがないばかりに、私はいま苦境(そうめん美味地獄&五十肩)におちいっているのではないか。
なにごとも腹八分目。この連載を通して、自己の過剰性を直視し、バチーッと適正な八分目を見いだしていきたいものだ。

2023.07

撮影:松蔭浩之
著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏
1976年東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。