食のエッセイ

4月の入りの夜半、春雷のもと想いはめぐる

 今年の日本の3月は、なんとも温暖な陽気が続きました。2月はかなり寒い日が多かったように思いますが、一転3月には温暖な日が続き、各地でこんなに桜が早く、しかも一斉に開花して満開を迎えてゆき、いわゆる桜前線が北上を始めた年は、前代未聞ではないでしょうか。

 例年、東京の春は風の強い日も多めなのですが、3月はそれも少なく、桜の花も長いこと楽しめたように思います。しかも、ソメイヨシノが終わった後に咲くことが多い八重桜や枝垂れ桜の類、それに多様な山桜も、ほとんど同時に咲き始めるというのは、これまでにあまり記憶にないことです。桜餅がお菓子屋さんに出てくる時期と、桜の満開の時期とが、めずらしく一致しました。そして、季節外れの暖かさなどと言われた4月1日が終わろうかという夜半に、我が家のあたりでは突然ゴロゴロと春雷が大きく1回だけ鳴り響いて、びっくり、「4月に入ったぞ」と告げられているような気分でした。

 4月には暖気のなか、沿岸低気圧の発達などで天候が急変して、雷を伴う驟雨(しゅうう)に見舞われることもあります。初夏を思わせる日と寒の戻りというべき日もあって、気温の振幅も大きく、風向きの急変も少なくない。「女心と秋の空」なんて表現がありますが、「春の空」の方が当たっているかもしれません。「女」に決めつけて例えるとは何ごとか、と叱られそうなので、広辞苑を引いて見ましたら、なんと「男心と秋の空」の方が古くからあって、その「男」を「女」に置き換えて使うようになったのだそうです。そうとは知らなかった自分を恥じましたが、確かに合点は行きます、我ながら。ただ残念ながら広辞苑には、いつから誰によって転用されたかの初出に関する記述はありません。まあ、男の書き手によってでしょうけれど、きっと。

 いずれにしても日本では、秋より春の方が空模様は変わりやすく、また寒暖差の幅も大きいようにも思われます。皆さんはどう感じておられるでしょう。1980年代末、私が縁あって学習院大学に着任した頃には、4月初めにかなりの雪が降って、入学式の時期に雪と桜が一緒にあった、などという年もありました。

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 男心や女心の変わりやすさについて、フランスでも同じような言い回しがあったのだろうかと、ドゥルノンの辞典で探してみました。ジャン−イヴ・ドゥルノンという人は、20世紀末の有能で有名な、古典書編纂者だそうで、古くからフランス各地の人びとの間で流布していた諺(ことわざ)や言い回しについて、1000項目に近いキーワードのもとに表現の事例をとりあげ、簡潔な説明つきで整理してくれています。時代や地域の脈絡がわからないと、今ひとつ何を意味しているのかよく分からない表現もありますが、なかなか面白いものも少なくありません。

 その辞典によると、「鉄は熱いうちに叩け」というような、日本とも共通する諺もありますが、男女に関しては、ざっと見たところ、どうやら男目線の諺が伝わっていたようで、歴史的にはフランスの伝統社会の方が日本よりも男中心社会だったように見えます。例えば「しばしば女は心が変わり、だから女を信頼するのは愚か者」という言い回しだとか、「お月様が変化するように、女の気持は変わるもの」と言った具合で、あれあれです。男については、この種の諺はあがっていなくて、出世や社会関係についてのものが目を引いて、これもまた嫌ですねえ。

 春雷についての言い回しもあって、「3月に鳴る雷には皆驚くが、4月に鳴る雷は良い知らせだ」というのは、言われていた地方が不明なので今ひとつ正確には分かりませんが、3月だと早すぎてびっくりだが、4月だと季節が動き出していることが分かって、農業社会では作付けなどの農作業が本格的に始まる時節が来ていることを表現している、とも推定されます。「雷が鳴ったからといって、いつも落ちるわけではない」というのは分かりやすい。脅威は、つねに現実のものとなるわけではないのです。

 フランスの伝統的な農業社会では、日本同様、4月は農作業が本格化していく時期にあたりました。季節的にも花が一斉に咲き始める時期ですが、これも地方や年によってばらつきがありますから、4月はまだ寒くて、年によっては5月末や6月初めに小雪がちらつくなどということもありです。わたし自身かつてパリで、5月末の小雪を経験しています。それだけに、季節の移行が順調であって欲しい、という表現がいろいろな言い回しになって伝えられていた、とも言えるのではないでしょうか。

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 ところで、今年の冬の西ヨーロッパは、全体的にすごく温暖で、こんな冬は前代未聞だという話が伝わってきました。たしかに3月末に海水浴で賑わう地中海岸の映像がニュースで流れる様子には、びっくりです。

 寒い冬にはパリなどでも、緯度が高いせいもあって、噴水の吹き上げる水がそのまま凍って、氷のオブジェになるような日もあります。私自身がパリで最も寒いと感じた日は、現地でも珍しいという「ヴェルグラ」、つまり「雨氷」と訳される現象に出くわした日でした。なんと、すでに今から30年も前になってしまいましたけれども、1993年11月末のことです。冷たい霙(みぞれ)のような雨が地面に落ちるや氷結して、道路などがツルツルになってしまうという現象です。メチャ寒いのになぜ雪ではなくて霙で、落ちた地表が冷たくて氷結してしまうのか、そのメカニズムは良く分かりません。道が石畳やアスファルトで冷え切っているから、ということかもしれませんが、とにかく道はツルツルでスケート場みたい、雪道が凍っている方がまだ歩けるかと思わせる状態となり、自動車も、スパイクタイヤでも危なそうな状況になります。真冬ではなくて11月末というのが、走りの寒さとでもいうのか、謎的ですが、この時の真冬は逆に比較的温暖で、パリにしては暖かい日が続いたことが、当時の私の滞在メモに残っています。

 それにしても、世界各地の気候が、暑いにせよ寒いにせよ、これまでに経験したことのないような極端な状態で報告されてくる、ということは、やはり、19世紀以来世界各地を巻き込んできた欧米発の産業経済活動の結果が、大きく作用していると考えなければならないように思われます。しかも、脱炭素社会へ、という課題を解決するためにと言って、脱炭素どころか復元不能なより深刻な問題を引き起こしかねない原発を増加させるような方針が、日本でもフランスでも、また世界各地でも動き出しているというのは、地球の未来を考えれば何ともはや。地質学者たちが「人新世」という新たな地質時代が始まっていると警告を発しているように、プラスチックや化学的な合成物質などをはじめ、自然物への解体復帰がありえない有害物質が残存し続けるリスクは、減少するどころではなさそうで、困ったものです。
 

 「温暖化」という表現は平均気温の上昇のことで、人間活動の結果としての気候変動の影響は、もっとさまざまな形で現れてきますから、全体を誤認しないようにしないといけません。しばらく前に、温暖化と言ったって寒い日もあるじゃないかと言って気候変動への対処の必要を否定した、愚昧な大統領が何処かの国にいましたが、自分は馬鹿だと公言しているようなものですから、みっともなさすぎというべきでしょう。私たち自身も身の回りからして、気をつけて行きたいものだと思う今春です。

2023.04

著者:福井憲彦(ふくい・のりひこ)

学習院大学名誉教授 公益財団法人日仏会館名誉理事長

1946年、東京生まれ。
専門は、フランスを中心とした西洋近現代史。

著作に『ヨーロッパ近代の社会史ー工業化と国民形成』『歴史学入門』『興亡の世界史13 近代ヨーロッパの覇権』『近代ヨーロッパ史―世界を変えた19世紀』『教養としての「フランス史」の読み方』『物語 パリの歴史』ほか編著書や訳書など多数。