ヤマザキマリの「世界を食べる」

イタリアを拠点とし世界中を飛び回る漫画家、ヤマザキマリ氏が、食に関わるテーマでエッセイを連載します。→ ヤマザキマリ プロフィール

馬肉

 子供の頃は動物の絵ばかり描いていた。幼少期に北海道へ引っ越した事がそこに大きく影響していると判るのは、私が描くのは猫や犬といった一般的な人間の生活環境の中にいる動物達ではなく、牛や馬、白鳥やシカといった北海道経済を担う家畜達か、原生林に住まうワイルドワイドな生き物達オンリーだからだ。家から10分も車を走らせると、そこには広大な牧草地や草原が広がっていて、草を食むホルスタインや、競走馬として育てられている馬達が広い空の下で生き生きと暮らしてた。北海道という土地は幼い私に、人間への興味よりも、大自然と一体化して生きるそういったありとあらゆる動物達への感心を増長させてくれたわけだが、大人になってからは牛や馬へのシンパシーは、彼らのお肉の方向へと移行した。

 今暮らしているイタリア・ベネト州の、夫の実家近辺の地域では馬肉がよく食される。しかし、別の州から客人がやって来ると、姑が郷土料理だと得意気に振る舞う馬肉を、「う…馬はちょっとムリ…」と避ける人も少なくない。日本と同じ様にイタリアにおいても全国的に馬肉食の習慣があるわけではないからだ。私もフィレンツェに暮らしていた学生時代の11年間は馬肉など一度たりとも口にした事は無いし売っているのを見た事も無かったが、結婚をして間もなく貧血が酷かった私に姑が塊で買って来たのが馬肉であり、それまで馬肉がその土地の名物だとは知らなかった。

 彼女はそれを手際良く細切れにし、香草とトマトソースとワインでSpezzatinoというイタリアの定番肉料理に早変わりさせたわけだが、食いしん坊で肉が大好きな私でも、やはりその時は若干躊躇せざるを得なかった。なぜなら、その頃の私は短期間であったが、近所の乗馬クラブに通って馬達と心を通わせ合っていたからだ。だから、馬肉はイタリアで初めてウサギの肉を食べさせられたときよりもハードルが高かった。

 躊躇の表情を見せる私に「そんなに私の料理が嫌いか!?そんなに食べたくないのか!?」と迫ってくる姑の気迫に負けて最初の一口を恐る恐る食べてみたわけだが、この姑プロデュースのSpezzatinoが意外に癖もなく美味しくて驚いた。姑は決して料理の上手なイタリア女ではないし、そもそも料理に対する熱意も愛情もイタリア女には珍しく欠落している。そんな彼女が一切の手間をかけずに有り合わせでこしらえたにも関わらず、おかわりをしたくなる美味しさだったので、私はその一皿によって料理手の意気に構わず美味しさを発揮した馬肉の威力たるものをしみじみと感じさせられたのである。と同時に、馬達と仲睦まじく過ごす乗馬と、馬肉の美味しさは全く別次元のものとして解釈するしかなかった。

 実は馬肉は他の畜肉と比べると滋養強壮効果がとても強い。タンパク質も多いがアミノ酸も豊富、カルシウムにおいては牛肉・豚肉の3倍。姑が私の貧血改善の為に調達してきた事からも判る様に、鉄分の含有量に関してはほうれん草やひじきより多く、豚肉の4倍。ビタミン類もやたらと豊富で、薬膳料理にされるほど肉の優等生なのである。姑の生まれ育ったその地域ではむかしから当たり前に食されてきたのが馬肉であり、妊婦さんや病気の人に率先して振る舞われていたという。

 生の馬肉と言えば、初めて熊本県で本場の馬刺を口にした時も、その絶妙な舌触りや口溶け感に心奪われて、東京に滞在している間ですら馬刺を出す店を探しに彷徨くまでになってしまった。美味しくて、しかも身体に良いと思うと、欲した時点で食べられないと不機嫌にすらなってしまうくらいだ。

 先日姑と彼女が御用達にしている馬肉屋に肉を調達しに言った際、おしゃべりな姑は日本でも地域によっては馬肉が生で食されることなどを忙しそうにしている店主にべらべらと喋りまくった。すると、店主は大きな包丁を持った手をふと止めて「生肉、喰うか?」と何やら興奮した様子で私に問い質してきた。「生の馬肉のうまさが判るんなら、あんたに是非食べてもらいたいものがある」そう言って店の奥から肉の塊を抱えて来くると、それを薄いスライスにして私の手の平にのせてくれた。

 その肉屋の主人が秘蔵していた生肉は大変美味しかった。肉塊の表面にコショウとオリーブオイルを刷り込んで数時間置いたものらしいのだが、肉とオリーブオイルの調和感が素晴らしくて、私は感動のあまり自分用にその生肉を分けてもらった。そして生の馬肉の上手さが判り合う者同士、見つめ合って意味深にほくそ笑んでしまった。

 古代から農耕を手伝い、馬車を引き、戦場でも人間とともに戦わされてきた馬は人間の歴史には欠かせない大切な動物だが、だからこそ、その肉を食べるなんてとんでもないと感じる人も当然存在する。確かに私も漫画に愛嬌のある馬を登場させていた時は、馬肉を食べたいという気持ちは全く脳裏を過らなかったが、やはり元気がなくなってきたりストレスが溜まって意気消沈してくると、味覚受容体が馬肉特有のあの優しくて癒される美しい味(馬の味はなんとなくそう形容したくなる)を欲し始めてしまうのだった。

 数ヶ月前、乗馬に通う旦那が落馬で肩を5鍼縫うという怪我をして帰って来た日があった。そのとき私が用意していた昼食はたまたま馬肉のミートソースだった。「君がそうやって馬肉ばっかり食べているからこんな目に遭ったに違いない」と旦那は冗談か本気かわからない事をぶつぶつと呟き、「あいつだけは信じていたんだ、なのに振り落とされるなんて…」とコンビを組んでいる馬と折の合わなくなった可能性を嘆いたりしていたが、ミートソースは美味しそうに平らげていた。怪我をしても翌日何事も無かったかのように乗馬に戻った旦那に周りは戸惑ったそうだが、「旨い馬肉を食べてきたからスタミナがついて元気になった、もう大丈夫」と答えたのだそうだ。人間とは要するに味覚に支配された生き物なのである。

ヤマザキマリ

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり) 氏

漫画家。1967年東京生まれ。
84年に絵画の勉強のためにイタリアに渡りフィレンツェの美術学校で11年間油絵を学ぶ。
その後中東、ポルトガル、シカゴを経てイタリアに在住。
『テルマエ・ロマエ』で2010年漫画大賞、手塚治虫賞短編賞受賞。
他に『ルミとマヤとその周辺』『モーレツ!イタリア家族』『ジャコモフォスカリ』『世界の果てでも漫画描き』など。
現在は講談社で『スティーブ・ジョブズ』新潮45で『プリニウス』連載中。