ヤマザキマリの「世界を食べる」

イタリアを拠点とし世界中を飛び回る漫画家、ヤマザキマリ氏が、食に関わるテーマでエッセイを連載します。→ ヤマザキマリ プロフィール

スナック菓子バンザイ!

 日本はスナック菓子大国である。アジア圏はどこもだいたいスナック菓子が充実してはいるが、日本ほどの種類の多さとクオリティの高さを感じさせられるものはない。アメリカといえば、ポテトチップスやポップコーン発祥の地でもあるわけだし、さぞかしスナック菓子の種類が豊富なのだろうという勝手なイメージを持っていた。しかし、実際この国で暮らしてみて判ったのは、確かにスーパーマーケット内でスナック菓子の棚が占める割合は大きいけれど、それは決して種類が豊富だからではなく、それぞれの商品のサイズが巨大でカサがあるからだった。枕みたいなサイズの袋に入ったポテトチップスも普通に家庭用として売られていたが、決して日本のように、多種多様な種類のスナック菓子があるわけではないのだ。

 我々のマンションのすぐそばに、『ギャレット・ポップコーン』というのがあって(日本でも何カ所かにお店があるらしいが)、その前にはいつも長蛇の列が出来ていた。気温がマイナス二桁の時でさえもそこには列があった。凍え死ぬリスクを背負ってもシカゴの住民が食べたくなるポップコーンなら、一度は食べてみるしかないと思って、私もある日家族にバカにされつつも行列に並んで、2種類の味付けが混ざったシカゴミックスなるものを入手した。確かに美味しい。後を引く美味しさなのだけど、そうしょっちゅう食べたくなるものかというとそれとも違う。チーズコーンのソースでベトベトになった黄色い指を舐めながら、そういえば日本ではバター〝醤油〟味という絶妙な味覚のものがあるんだよなあ、などと無いものねだりのひねた思いを頭に巡らせる。

 他の食べ物のエッセイでも言っているけれど、日本の人というのはとにかく舌が肥えている。そのためにイタリアくんだりまでやって来て、日本で食べる、日本人シェフの作ったイタリア料理のほうがよほど美味しい、などと感じてしまう人も少なくない。ポテトチップやポップコーンも同じである。本国に行けば本場の美味しいものを食べれるのか、というとそんな単純公式はもう成り立たない。中東から欧州、中国、南米、南太平洋の島々など世界の国々でいろいろなスナック菓子を試して来た結果、私にとってどこよりも美味しいポテトチップはやはり日本製のものである。日本のポテトチップスは味覚にこだわりがあるだけでなく、その食感までもが徹底的に追究されている。ジャンクフードと類されるものなのに、この拘り方は比類無い。

 私達の世代がかつて中高生だった頃、友達同士で誰かの家に集まる時は必ずスナック菓子を持参した。部屋の真ん中に袋を割いたスナック菓子やおせんべいやなどが広げられ、それらをつまみながら、当時普及し始めて間もなかったペットボトルの飲み物で流し込む。脂っこくて不健康極まりない青春の思い出の一場面だが、では大人になればスナック菓子の摂取量は減るのかというと、決してそんなことはない。私みたいに、50歳になっても日本へ帰る度にスーパーやコンビニのスナック菓子が並べられた棚の前でしばらく佇んでしまう人も、結構いるはずだ。何せちょっと何かしょっぱいものが欲しい、と感じた時の選択肢が広過ぎるのである。

 ポテトチップのようなオーソドックスな定番もの、かっぱえびせんやカールのような昭和の高度経済成長期に生まれた厖大な数のスナック類、トラディショナルな餅米が原材料の煎餅やあられや柿の種。それだけではない。海老や烏賊など海鮮の風味を生かした薄焼き煎餅、豆菓子。魚介類の薫製やチーズ類。じゃがいもを原料にナチュラルな味覚を生かした絶妙な食感のポテト菓子、煮る前のインスタントラーメンを砕いて味付けしたもの、子供でなくてもたまに頬張りたくなるうまい棒(特に明太子味)…… 思い浮かぶだけ書き挙げてみたけれど切りがない。しかもこれらの種類のそれぞれに、更にいくつものテイストがあることを考えると、日本のスナック菓子業界の果てしなさを感じさせられる。

 高級な寿司を堪能し、米一粒の味を把握し、こうしたジャンクフードも楽しめる日本の人の味覚の節操の無さ、もとい、寛容性は全く史上最強である。勿論中には「スナックは身体に悪い、邪道」ということで、一切口にしない方もいらっしゃるだろうけど、少なくとも私の周りの中年たちは、セーブはしてても結局目の前にスナックが出れば手を伸ばしてしまうのである。

 イタリアでは、しょっぱい系のスナックの種類が実に乏しい。ポテトチップス、ポップコーン、ナチョスのような米国経由のスナックに、やっとチーズ味のコーンスナックがいくつか。でもそれらも正直、日本のカールなどのレベルではない。それから酒のツマミによく出されるのはドイツから輸入したプレッツェル。イタリアのオリジナルでいえば、あとは硬いパンやクラッカー的なものしかない。

 グリッシーニという北イタリアで古くから食べられている要は長い乾パン状のものや、そして南イタリアで良く食べられているタラーリというドーナツ状にした丸い乾パンはスーパーでも幾つかの種類のものが売られている。それぞれ、トマト味だのオリーブオイル味だのいろんなテイストのものが製造されているが、日本人の舌にはどこか素朴過ぎて物足りない。ナポリでできたてのタラーリを食べた時は思わず声が漏れ出るほど美味しかったけど、あの美味しさの半分はナポリ湾を見ながら食べたという気持ちの問題だ。

 ということをイタリア人の家族に言うと、「あんたは中に何が入っているかわからんペットフードに病み付きになってる哀れな動物と同じだ」などと呆れられる。確かに日本のスナック菓子に比べれば、イタリアのこうした素朴な乾パンスナックのほうが間違いなくヘルシーだし、私だってできればグリッシーニや乾パンだけで満足できる人になりたいところだが、漫画の原稿で追いつめられていたり、疲れた時にもの凄く食べたくて我慢できなくなるのは、煎餅やうまい棒の明太子味やベビースターラーメンといった日本のスナックなのである。

 毎回日本からイタリアへ戻る時、私のスーツケースの片面はほぼスナック菓子で埋め尽くされている。家に到着し、スーツケースを開くと、中を見た旦那から「信じられない…」と眉を顰められたりもするが、エアパッキンの役割も成してくれるので便利なのだと言って軽くかわすようにしている。でもそれらは、お風呂と同様に食べた瞬間から緊張やストレスを解してくれたり、同時に創作への集中力を担ってくれる、私にとって大事なエネルギー源でもあるのだ。夫の理解など必要ない。

 高尚な食材でも味覚を極めれば、ジャンクフードでも食感や味の多元性を楽しむ日本人は、つくづく食に容赦のない民族である。

 最近の私の流行りは、〝フラ印〟のポテトチップスだ。これは戦後にハワイ移民であった日本人が帰国して製造販売を始めたものだそうで、日本製ポテトチップスの元祖である。連載中のプリニウスを一緒に書いているとり・みきさんがお薦めしてくれていらい病み付きになっているが、原稿中にこういったスナックでやる気補給を欠かさない彼も、相当このフラ印のチップスに嵌っているらしい。ハワイ在住の息子に食べさせたら「これめっちゃうまい!」と感動に打ち拉がれていたのが印象的であった。

 

ヤマザキマリ

著者:ヤマザキマリ (やまざき・まり) 氏

漫画家。1967年東京生まれ。
84年に絵画の勉強のためにイタリアに渡りフィレンツェの美術学校で11年間油絵を学ぶ。
その後中東、ポルトガル、シカゴを経てイタリアに在住。
『テルマエ・ロマエ』で2010年漫画大賞、手塚治虫賞短編賞受賞。
他に『ルミとマヤとその周辺』『モーレツ!イタリア家族』『ジャコモフォスカリ』『世界の果てでも漫画描き』など。
現在は講談社で『スティーブ・ジョブズ』新潮45で『プリニウス』連載中。