IR 平成15年度

ニュースリリース

2004.3.24 日刊輸入糖通信

フジ日本精糖清水工場、3月半ばで精糖終了
昭和28年1月に操業開始、50年の歴史に幕

 フジ日本精糖(株)清水工場は3月半ば、最後の精糖を終え、約50年2か月にわたる精製糖工場としての歴史に幕を降ろした。
 同工場は、フジ製糖の新工場として建設され、昭和28年(1953年)1月4日に操業を開始して以来、フジ製糖、フジ日本精糖の砂糖生産拠点として砂糖生産部門の役割を担ってきたが、今後は、関連会社である太平洋製糖及び業務提携先である新三井製糖などに生産を委託する。
 なお、清水工場の操業開始を控えた当時の状況について、「フジ製糖50年史」の中で述べられており、興味深いので取り上げてみた。
 「新工場の操業は決して順調ではなかった。流れ作業で作業員が不慣れであったため、各所で停滞が起き、作業に慣れるまでに約1か月を要した。一方で歩留が悪く、その原因追求のために、高橋常務以下関係者は全員工場に泊まり込み、不安と焦燥に明け暮れたが、後日その原因がキューバ糖の品質にあったことが判明し、安堵したなど、所期の能力発揮まで大変な苦労を重ねられたのであった。
 工場建設費は2.6億円で新工場の日産溶糖能力は295トンと査定された。富士宮工場は一部機械を清水に移転したため日産100トンとなったが、これを加算し、当社の新溶糖能力は395トンと飛躍的に増加した。
 延べ1,510坪の鉄筋コンクリート造り3階建ての白亜の近代工場は、過去5年間の辛苦の結晶として、また、全社員の希望を象徴するがごとく、富士を仰ぐ折戸湾の一角にそそり立った。
 勤務態様も12時間労働2交代制から、8時間労働3交代制に変更し、それに伴う給与改訂問題等も一応結論が出たので、昭和28年1月4日から操業を開始することに決定した」

※「フジ製糖50年史」より。

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