「食」のエッセイ 新・映画と食の深いつながり

様々な作品に挑みつづける映画監督 東 陽一氏が映画と深いつながりのある「食」について語ります。

第2章 原節子、茶漬けを食べる (その2)

第1章からつづく)
そのお茶漬けのシーンよりもしばらく前、紀子(原節子)に縁談が持ちこまれるのです。紀子の反応は微妙で、縁談に特に興味があるわけでもなし、断るでもなしという状態のまま、話がゆっくりと進んでいきます。
一方、近くに住んでいてよく行き来する矢部たみ(杉村春子)に、健吉という息子(二本柳寛)がいて、紀子の兄康一(笠智衆)と同じ病院に勤める医師ですが、小さな女児を残して妻に先立たれたので、母親たみが、ひそかに後添えを探しているところです。

その健吉が、秋田の病院に四年間の転勤が決まり、明日出発という夜、紀子がお祝いを持って矢部家をたずねます。健吉は送別会でまだ帰っていない。挨拶の後、たみが不意に、「あんたのような人がお嫁さんにきてくれたら」と何気なく言います。紀子はその顏をまっすぐに見て「ほんと? おばさん」と言う。一瞬ポカンとするたみに向かって言う紀子のセリフを、いくつか抜き出してみると、
「ほんとにそう思ってらした?」
「わたしみたいな売れ残りでいい?」
「わたしでよかったら……」

やっと紀子の言葉の意味がわかって、たちまちたみは「まあ嬉しい! ほんとね、よかった!」と舞い上がってしまい、いきなり「紀子さん、パン食べない? アンパン」と言い出すのだから、ここは可笑しくて笑いだすしかない、見事な成り行きです。まあ、本人がいないところで女だけで結婚を決めてしまうのも凄いものですが、紀子が帰ってから帰宅した健吉にも、まったく異存がないのです。

でも間宮家では大騒ぎ、たちまち家族会議です。当然、健吉が子持ちであることが問題になる。兄の康一に、家長たる自分にも両親にも相談しないとは何事か、「あとになってから、しまったと思うことはないんだな」と二度にわたって問いただされ、紀子は「ありません」と、同じ言葉で二度答えます。このときの原節子の言葉は、静かだけど自信に満ちており、伏目がちの表情がキリリとして、この映画全体の中でも一番美しい映像です。

このあと紀子は、同級生の親友アヤ(淡島千景)とふたりで、アヤの母親の料理屋に客として来ていた元縁談相手の顏を、こっそり盗み見します。このシーンは、盗み見するところまでは描いていないけれど、わたしはここを少し深読みして、数え年41歳だと聞かされていた男性の実際の顏を見たことで、健吉との結婚を後悔することは「ありません」と言った自分の言葉を、もう一度、ストンと胸の中に落としこんだのだ、と考えています。
夜遅く帰宅した紀子が、兄嫁に「お茶漬け食べようかしら」と言って台所に立ちます。茶葉を入れた急須にやかんの湯を注ぎ、そのお茶をご飯にかけて椅子に坐る。箸箱から自分の箸を取り出し、漬け物とわずかなおかずでさらさらと「茶漬け」の夜食。すぐに食べ終わり、それからまた櫃の中にしゃもじを入れて、なんと、茶碗に山盛りに二杯目のご飯を入れるのです。素晴らしい食欲! この食欲こそが、紀子の気持ちが、もう決してブレないということを、はっきりと示しています。

でもいったい、彼女が健吉と結婚すると決めたわけは何だったのでしょうか。家族会議で、彼女はつぶやくように、こう語っています。
「わたし、おばさんにそう言われたとき、すっと素直にそういう気持ちになれたの。なんだか、急に幸福になれるような気がしたの。だからいいんだと思うの」

自分の結婚の動機を、静かにこう語る女性を言い負かす言葉は、だれも思いつかないのではないでしょうか、昔も、いまも。
ちなみに『麥秋』の「秋」は、冬の前の季節ではなく、初夏、麦の穂が黄色くなって、収穫の時期が来たことを指す言葉なのです。

東陽一

著者:東 陽一(ひがし・よういち)氏

1934年、和歌山県生まれ。映画監督、脚本家。早稲田大学文学部卒。
代表作に「サード」(1978年)(芸術選奨 文部大臣新人賞受賞)、「もう頬づえはつかない」(1979年)(第34回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞受賞)、「橋のない川」(1992年)(第47回毎日映画コンクール 監督賞・同日本映画優秀賞受賞)、「絵の中のぼくの村 Village of Dreams」(1996年)(第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、「わたしのグランパ」(2003年)(第27回モントリオール世界映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞)など。
2010年12月、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を公開。同作品によって、2011年5月、第20回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。

2009年より4年間、京都造形芸術大学映画学科の客員教授をつとめた。