「食」のエッセイ 映画と食の深いつながり

様々な作品に挑みつづける映画監督 東 陽一氏が映画と深いつながりのある「食」について語ります。

第18章 「石をパンに変えてみろ」

映画監督ピエル・パオロ・パゾリーニ。
この人の映画ほど、「荒々しい美しさ」という言い方が似合う映画はありません。
たとえばあの、ライオンの体と人間の顔を持つ怪物と伝えられる「スフィンクス」を、映画『アポロンの地獄』で初めて観たとき、わたしはひっくり返るほど驚きました。あまりに見事に裏切られたから。怪物は、ただ異様な仮面をかぶっただけの、老いたシャーマンでした。そしてそれが「美しい」のです。

1964年の映画『奇跡の丘』の原題は『マタイによる福音書』、つまり新約聖書の「マタイ伝」。物語はほぼそれに添って進み、逸脱することはありません、ただその映像の「荒々しい美しさ」を除いては。

「処女受胎」し、疑いの目で見る未来の夫に微笑するマリアの美しさ。少年イエス、成人したイエスの美しさ。また、踊りの褒美として、預言者ヨハネの首を無心にねだるヘロデアの娘(サロメ)の美しさ、など。

ここでは、イエスが四十日四十夜の断食のあと、荒野で悪魔に誘惑される、あの有名なシーンを紹介することにします。「石をパンに変えてみろ」と悪魔が言うところです。

草一本生えていない、荒寥たる風景。
遠くから、足元に砂煙を立てながら近づいてくるものがいます。悪魔だと思うけれど、顔が見えない。やがてイエスの前にきて、両者が向き合って立ったとき、はじめて、その悪魔の顔がアップになります。
で、それが「悪魔」?

黒いマントを着て、確かにイエスの弟子たちと少し顔は違うけど、でも見たところ、いわばその地方の、少し野卑な「町内会のおじさん」風にしか見えません。この悪魔は〈魔界〉からきたのではない。この〈現実〉が生み出したものだと、わたしには思えます。

その〈サタンおじさん〉が言う。
「お前は飢えている。お前が神の子なら、石をパンに変えればいいじゃないか」
よく知られているように、イエスの答は、
「人はパンのみで生きるのでなく、神の口から出る言葉によって生きるのだ」、です。
サタンは反論せず、次の誘惑に移ります。
でも、なぜ反論しないのでしょう。

「パン」、すなわち「食べもの」こそが生存に絶対に不可欠で、飢えた人間にはそれがすべてのはずではないか。でも相手の答えは、「食べものがありさえすればいい、のではない」ということのようです。それに続くイエスの言葉については、わたしは勝手に、次のように解釈することにしています。

つまり、飢餓の限界に達した人間の、その飢餓感のはるかな奥の心の暗闇に、何か強烈な「情念」、または大きな「理念」がうずくまっているはずで、またそうでなければならない、とイエスは言っているのだ、と。それを何と呼ぶかは、その人の自由の問題です。

あのスフィンクスと同質のショックを観客に与える、この「おじさん顔」の悪魔は、イエスに反論せず、さらに二つの誘惑の言葉を吐く。でもまた拒否されて「サタンよ、去れ」と言われ、悪魔は一瞬、薄ら笑いのような表情で、イエスの顔を見ます。これは「なんて馬鹿な奴だ」という意味に読み取られやすい表情です(マタイ伝には「悪魔はイエスを離れた」としか書かれていない)。

でも、くりかえしこの映画を観るうち、何と、悪魔はここで、「そうかい、実はこのおれにも、お前の気持ちはよくわかってるんだよ」と伝えようとしている、と、そう感じられる瞬間があったりもするのです。

そんなきわどい意味の「多義性」を表現することが、パゾリーニの特質であるし、さらにまた、そんな「多重の意味を表現」できるということこそ、「映画」というものの特性なのだと、わたしは考えています。

東陽一

著者:東 陽一(ひがし・よういち)氏

1934年、和歌山県生まれ。映画監督、脚本家。早稲田大学文学部卒。
代表作に「サード」(1978年)(芸術選奨 文部大臣新人賞受賞)、「もう頬づえはつかない」(1979年)(第34回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞受賞)、「橋のない川」(1992年)(第47回毎日映画コンクール 監督賞・同日本映画優秀賞受賞)、「絵の中のぼくの村 Village of Dreams」(1996年)(第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、「わたしのグランパ」(2003年)(第27回モントリオール世界映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞)など。
2010年12月、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を公開。同作品によって、2011年5月、第20回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。

2009年より4年間、京都造形芸術大学映画学科の客員教授をつとめた。