「食」のエッセイ 映画と食の深いつながり

様々な作品に挑みつづける映画監督 東 陽一氏が映画と深いつながりのある「食」について語ります。

第16章 美しい料理、美しい娘たち

もと超一流ホテルのコック長だった父親と、美しい三人の娘たち。台北の古い大きな家に一緒に暮らすこの四人が、物語の中心です。
題名の『恋人たちの食卓』(1995年公開)が示すとおり、「食と映画」と言えばかならず話題になる、有名な映画です。
この映画をそれほど有名にしたのは、第一に、クローズアップで描かれるプロの料理手順、そしてテーブルに盛られたその中華料理の美しい映像。もう一つは、未婚の三人娘それぞれの恋物語に、老いていく父の人生をからませるストーリー・テリングの巧みさ、監督アン・リー(李安)の卓抜な演出手腕です。

毎週日曜日の夜は、家族四人そろって父の料理を食べる日だけど、でもほんとは、父を気遣いながらも、娘たちは食事会より自分の人生、恋の行方が大切です。それは当然のことで、父だってよくわかっている。少し酒を飲んで親友に「飲食と男女、食と性は人間の根本の欲望だ」と語ったりする大人です。

日曜日ごとの食事会は、この映画で5回、描かれます。2回目以後は、料理の手順は少し省略されますが、テーブルの上は毎回、話に聞く「満漢全席」じゃないかと思うほどのご馳走の山! 映画の終わり近く、5回目の食事会のときには、席に着く人数が増えて九人になっている。その九人の食事会で、父は突然立ち上がって演説をはじめます。
「人生は料理を作るようなわけにいかない」と言いはじめたものの、それで黙ってしまうので皆から急かされ、仕方なく、観客が思わず「やられた!」と叫びそうな告白をします。その内容はここには書きません。告白を聞いた九人のうち一人が卒倒するほどの事件だったので、ここでバラすわけにいかないのです。

三人姉妹の生活の中身ですが……。
長女は学生時代の失恋の痛手で恋愛恐怖症になった、高校の化学教師。
次女は航空会社の管理職、でも幼いころは父を見習ってコックになりたかった。恋人はいるけどやがて裏切られ、今度は外国から台北の支店に赴任してきた、ちょっといい男に惹かれている。
三女は、ファストフードの店でバイトする大学生。悪気はないのに、友だちの恋人を横取りすることになり、ある日家族の前で妊娠を告げ、まず最初に家を出ていきます。

はじめから、この家族のなりゆきは読めてしまう、と思わせるところがあります。三人の娘たちは結婚して家を出るに決まっている。では父の老後は誰が看るのかという、どんな「家族」にも共通する大問題が残るはず。
でも、監督アン・リーはしたたかで、観客の予想を少しずつ、心地よく裏切っていきます。恋愛恐怖症だった長女は新しい恋人を見つけられるだろうか、次女はアムステルダムに転勤するだろうか。物語が軽いサスペンスをはらみながら進行し、やがて、あの5回目の、九人が集まる食事会になるわけです。

台湾生まれ、ある時期からハリウッドで活躍しはじめたこの監督の繊細な感覚は、どんな観客にも伝わるに違いないと思います。ひとりひとりの心の動きに「寄り添う」ように、標準よりやや望遠系のレンズを多用した映像(撮影はジョン・リン=林良忠)が、空間の密度を濃くし、その美しさが映画全体の品位を高めています。そういう点を意識するのも、映画を観る愉しみのひとつではないでしょうか。

東陽一

著者:東 陽一(ひがし・よういち)氏

1934年、和歌山県生まれ。映画監督、脚本家。早稲田大学文学部卒。
代表作に「サード」(1978年)(芸術選奨 文部大臣新人賞受賞)、「もう頬づえはつかない」(1979年)(第34回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞受賞)、「橋のない川」(1992年)(第47回毎日映画コンクール 監督賞・同日本映画優秀賞受賞)、「絵の中のぼくの村 Village of Dreams」(1996年)(第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、「わたしのグランパ」(2003年)(第27回モントリオール世界映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞)など。
2010年12月、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を公開。同作品によって、2011年5月、第20回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。

2009年より4年間、京都造形芸術大学映画学科の客員教授をつとめた。