「食」のエッセイ 映画と食の深いつながり

様々な作品に挑みつづける映画監督 東 陽一氏が映画と深いつながりのある「食」について語ります。

第13章 たかがピスタチオ、されど……

冬のカナダ、モントリオールの小学校。雪の校庭で遊ぶ子どもたち。少し離れたところでアリスが、豆(たぶんピスタチオ)を食べながら見ています。彼女は今年12歳の小学生。
後ろから同級生の少年シモンが声をかけて手を出すと、アリスが豆をいくつかシモンに渡す。シモンはそれを口に入れ、今日は牛乳当番なので、誰よりも早く校舎に入る。
すぐに、悲劇が待っています。シモンが全員分の牛乳を持って教室に入ろうとすると、鍵がかかっている。ガラス戸から覗くと、教室の中に、首吊りした女先生の姿が見える。

これが、このしたたかでしかも繊細なセンスで作られた映画『ぼくたちのムッシュ・ラザール』(2011年)のトップシーンです。むろん、豆がテーマではない。でも、アリスがシモンに豆をあげるこの最初のシーンに、とても大事な意味があると、わたしは思います。

学校側が動揺する生徒たちへの対応に追われているとき、校長室に姿を現したのがバシール・ラザール。アルジェで長年教師をやってきたと言って、とりあえず採用されます。
(でもこれはやむを得ない嘘で、彼はアルジェで妻子をテロに襲われ、カナダへの難民申請中の一市民だったことが後でわかる)。
ラザールはフランス語の授業で、日本の江戸時代の頃の作家バルザックの文章を使ったりして、生徒たちは混乱するけど、アリスはこの先生に興味を持つ。彼女はまたあの女先生の自殺にも、深い関心をもっているらしい。

やがてわかってきたのは、シモンがあの女先生に家庭の悩みを話したとき、彼女がシモンをハグした(抱きしめた)ということだった。シモンはそれが嫌で、つい女先生にキスされたと言いふらした。それが自殺の原因なのではないか、ということだった。
それ以後、教師が生徒の体に触れることが厳しく禁止されてしまい、体育の教師などは困り果ててぼやきます。「生徒の体は今や高濃度核廃棄物だ、触れたら火傷する」

ある日、ラザールが、あの女先生マルティーヌの死について話したい人はいるか、と聞く。アリスが「シモンが」と指名します。名指されて混乱したシモンが、「アリスはぼくのせいだと思ってるんだ、キスは嘘だけど、ぼくはハグしてほしくなかったんだ!」と泣きだし、さらにつづける言葉は、「マルティーヌ先生は、あの日ぼくが牛乳当番で、一番早く教室に来ることを知ってたんだ!」
教室中がシーンとなってしまう……。

すっかりすねたシモンが、校舎の壁に一人で寄りかかっているところへ、アリスが近寄って並んで立つ。シモンがポケットから豆を出して口に入れる。見ているアリスの胸に、そのピスタチオの殻をぶつけます。アリスが笑うと、シモンも笑って、ポケットから中身の豆を取り出し、アリスに手渡しします。
「食べ物を贈り、分かち合う」という単純で、しかし動物や人間にとって大きな意味をもつ、愛情や和解の行動が、この映画の中で、何気なく、二度繰り返して描かれます。

わたしは結局、少年少女期のむずかしい年ごろを柔らかく、多面的に描く、この映画の「繊細さ」を語りたかったわけです。ラストシーンで、解雇されたラザール先生の最後の授業のあと、涙ぐんだアリスがラザールに近付いて行って何をするか、すでにこれまでのシーンで予告されている、とも言えます。
監督は1968年生まれのフィリップ・ファラルドー。人生で〈悲劇〉や〈ドラマ〉が、ただそれだけの単一の形で訪れることはほとんどない。この監督はよくそれを知っています。

東陽一

著者:東 陽一(ひがし・よういち)氏

1934年、和歌山県生まれ。映画監督、脚本家。早稲田大学文学部卒。
代表作に「サード」(1978年)(芸術選奨 文部大臣新人賞受賞)、「もう頬づえはつかない」(1979年)(第34回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞受賞)、「橋のない川」(1992年)(第47回毎日映画コンクール 監督賞・同日本映画優秀賞受賞)、「絵の中のぼくの村 Village of Dreams」(1996年)(第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、「わたしのグランパ」(2003年)(第27回モントリオール世界映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞)など。
2010年12月、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を公開。同作品によって、2011年5月、第20回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。

2009年4月より、京都造形芸術大学映画学科客員教授に就任。