「食」のエッセイ 映画と食の深いつながり

様々な作品に挑みつづける映画監督 東 陽一氏が映画と深いつながりのある「食」について語ります。

第10章 美味しいのは「料理」か「人」か、または「場所」?

美味しいものは、一人で食べても美味しい。
それはそうだけれど、なるべく一人よりは誰かと一緒の方が楽しい。でもまた、そうは言っても、誰とどこで食べるのか、それ次第では美味しいものも不味くなるし、反対に、もっと美味しくなって、体中が「食」の幸福感に包まれることもある。味覚は繊細です。

『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』とは逆の、みんなと食べること、そのための気持ちのいい「場所」があることがどんなに大切か、それを描いたのが『バグダッド・カフェ』(1987年)、夕暮れの空をブーメランがヒュルヒュルと音を立てて飛び、どこか遠くから「コーリング・ユー」の歌声が聞こえてくる。監督はドイツ人パーシー・アドロン、2009年にはリヴァイヴァル上映もされました。

ラスヴェガス近郊のモハーヴェ砂漠。そこにガソリンスタンドとモーテルを併設した、うらびれたカフェが舞台です。女主人ブレンダ(CCH・パウンダー)は出来の悪い亭主を追い出し、毎日ピアノで遊んでばかりいる息子がどこかで作ってきた赤ん坊、つまり孫の面倒を見ながら、客の食事を作る不機嫌な日々。こんな場所が楽しいわけがない。

そのカフェに、ある日、大柄な太ったドイツ人女性が一人、重いトランクを引きずってやってきます。彼女は、ドイツのローゼンハイムというところ(映画の原題が『アウト・オブ・ローゼンハイム』)から夫と二人でアメリカ旅行にきたのだけど、大喧嘩をしてしまい、夫に置き去りにされたのです。通称「ジャスミン」と名乗ったこの女性(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)が、結局ここのモーテルに居ついてしまったあたりから、映画がとてもおもしろくなってくる。

女主人ブレンダは、はじめはジャスミンを嫌っているけれど、このジャスミンの何とも言えない人の良さに次第に気持ちをほぐされ、仲よくなっていきます。そして、ある日偶然カフェで給仕を手伝ったことから、ジャスミンはここで本格的に働くことになる。
実は、ジャスミンは自室で懸命に練習した手品を披露して、食事にきたトラックの運転手たちや、ブレンダやその家族、泊まり客みんなの人気者になった、ということだけれど、たかが素人手品だけで、この陰気なカフェが急に明るくなるわけがない。

でも観ていて何の違和感もないそのわけは、ジャスミンの、つまりジャスミンを演じた女優マリアンネ・ゼーゲブレヒトの魅力にあるのです。ほとんどジャスミンそのものだ、と言いたくなるこの女優の魅力は、キャスティングというものの決定的な大切さを証明してもいます。ここではもう、食べて何が美味しいのか、は問題にならない。強いて言えば、ジャスミンの存在そのもの、彼女のいる場所そのものが「美味しい」のです。

彼女の噂は、近くのハイウエイを走るトラック運転手たちに知れ渡って大繁盛。すぐそばのおんぼろバスに住む画家ルーディ(あの『シェーン』の怖い殺し屋ジャック・パランス!)の絵のモデルにもなり、そしてやがて、ある朝早くルーディが、小さな花束を持ってジャスミンの部屋の扉をノックする。それでどうなったか、ここでは、そんなつまらない〈ネタばれ〉はやめておきましょう。

東陽一

著者:東 陽一(ひがし・よういち)氏

1934年、和歌山県生まれ。映画監督、脚本家。早稲田大学文学部卒。
代表作に「サード」(1978年)(芸術選奨 文部大臣新人賞受賞)、「もう頬づえはつかない」(1979年)(第34回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞受賞)、「橋のない川」(1992年)(第47回毎日映画コンクール 監督賞・同日本映画優秀賞受賞)、「絵の中のぼくの村 Village of Dreams」(1996年)(第46回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞)、「わたしのグランパ」(2003年)(第27回モントリオール世界映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞)など。
2010年12月、「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を公開。同作品によって、2011年5月、第20回日本映画批評家大賞・監督賞を受賞。

2009年4月より、京都造形芸術大学映画学科客員教授に就任。