「食」のエッセイ “文化”を食べる人々

第10章 食べ物と“ことわざ”

「命は食にあり」と言われるように、人間は食べなければ生きてゆけません。そして、各々の社会で“食べ物”としているものを「どのように」食べるかについて、人間は様々な文化を創り上げてきました。人間が食べるということをめぐって築き上げてきた文化の体系は、非常に複雑です。栄養のあるなし、健康に良い悪いなどといった、理詰めで説明できるような面だけでなく、食の文化には、個々の社会に固有の価値観と慣習が存在します。それは、地球の上の場所と時代によって、様々に異なるものでもあります。

「友は腹なり」。これは、もう数十年も前に、わたしが東アフリカで生活をしていたころに聞いた言葉ですが、今でも折に触れて思い出します。このことわざの意味は、文字通り、友達と呼べるのは、自分が空腹の時に何かを食べさせてくれる人であるということです。言い直せば、「腹がへった、なにか食べさせてくれ」と言った時に、何も食べさせてくれないような人物は友ではない、ということでもあります。これは、日本人からすれば、一見、厚かましいように思われますが、当人の側からすれば、困っている時はお互い様で、相手が空腹の時は助けるし、逆に自分の方が困った時は遠慮なく、「食べさせてくれ」と言えるのです。

文化が違えば、このことわざはどのように受け止められるのでしょうか。たとえば、アメリカでは、一般的に、“友”というのは、困ったときには互いに率直に、何でも思ったままに言える仲の人物だというイメージがあります。空腹を訴える相手にあげる食べ物があるかないかは、二の次なのです。日本の場合ならば、「ぼくは君の友達だから」などとわざわざ言って、空腹の相手を助けるようでは、おこがましい人物になってしまいます。むしろ、困っている友人がいたならば、自分の名前を知られることなく、こっそりと陰から助けるのが真の友だといった考え方をするでしょう。逆に言えば、いくら困っていても、友人に率直に「食べさせてくれ」とは中々言いにくいのが日本の文化でもあります。いずれが良いとも悪いとも言えませんが、こんなところにも、食べ物に関する文化の違いが見られる気がします。

いずれの社会においても、食べ物の素材の選択から、どのようにそれを食べるかに至るまで、当人の身分や性別、社会的地位、人生の時期、季節や天候、同席している人々との関係などから見た、「そぐい」が非常に大きな問題になります。当人の身分や性別、年齢、社会的地位や経済状況から見て、その食事が身の丈にそぐうものなのか。その食べ物は何時どのような場で食べるのが適しているのか。あるいは、何と何とを一緒に食べると良いとか、何と何を一緒に食べるとよくない、等々。こうした通念は、わたしたちの日常生活の中で大きな意味を持っています。このように考えると、食べるということは、人間の身分や貧富の差、お互いの関係や付き合いの心得に至るまで、人生や生活の全般に関わるものでもあるのです。その複雑な食のあり方についての人間の知恵の結晶が、“ことわざ”であると言っても過言ではないでしょう。
ころで、文化の伝達において、語り伝えるということは、普通の会話のように形式を持たない場合もありますが、一定の形式を伴った形、すなわち簡単で、言いやすく、記憶しやすいという形で伝えられてきたものも数多くあります。その代表的な例が“ことわざ”です。ことわざは一定の形を備え、それをそのまま伝えてきているために、時代の変化に即応して変化することがないということもあります。すなわち、時代が変わると、生活文化が変わってしまい、そのことわざが言わんとすることが分からなくなってしまうという例が出てくるということです。さらに、現代においては、ことわざを、親や周りの人々、友達から耳で聞いて育つという機会は少なくなり、むしろ、本などを通して勉強する場合が多くなっています。知識としては知っていても、実際に使うことはない。残念ながら、生命を失ったことわざが増えているのかもしれません。

たとえば、食べ物が出てくることわざで言えば、「絵に描いた餅」、「臍で茶を沸かす」、などは良く知られたものですが、こうした例ですら若い世代には通じない時代です。「芋の煮えたも御存じない」(世間知らずで常識がない。育ちがよくて、のんびりとしたお坊ちゃん、お嬢ちゃんをからかうときに言う)などと言ってみても、おそらく、「???」という反応が返ってくるだけでしょう。また、昔は、「食べてすぐ寝ると牛になる」と、親からよく言われたものでした。食事をして、すぐにごろんと横になるのは、怠けていてだらしないと、行儀をたしなめていったものです。しかし、今では、こうしたことわざに、「食後すぐに動くより、少し休んだ方が胃腸の働きに良い」と、医学的な説明などを加えながら、反論する人も少なくないでしょう。ことわざを文字通りに解釈して、それを科学的に批判するので、“そんなのは迷信”ですましてしまうことになるのです。それどころか、会社の上司が「早飯早糞芸のうち」などと新入社員に言ったならば、イジメだ、などと言われかねません。
はいえ、ことわざの一部は、現代においても、わたしたちの行動を制約したり、戒めたり、時には励ましたりする力を持っています。“ことわざ”の一部には、「鰻に梅干し」や「土用の丑(うし)に鰻」のように、よく知られてはいますが、明らかに科学的根拠は不明であると言えるものもあります。しかし、現在でも、これらを実践している人は少なくないのではないでしょうか。「鰯(いわし)の頭も信心から」とは言いませんが、いったん信じて受け入れてしまえば、ことわざの教えは、知らず知らずのうちに、わたしたちの行動の規範として働くのです。

視点を変えてみれば、食べ物に関することわざは、人生の生き方を教えてもくれます。「芋でも頭(かしら)になれ」とは、芋のような取るに足らないものでも、頭と名がつけば、それなりに意義がある。大きな組織で人に使われるより、小さな組織でも人の上に立つ人間になれという教えを言ったものです。また、「憂いも辛いも食うての上」とは、日々の食事にも事欠くような生活では、苦しいだの辛いだのといった不平不満は言ってはいられないということですが、現代日本の生活を考えさせることわざではないでしょうか。
間関係を題材にした、食べ物のことわざも少なくありません。例えば、社会に出れば、こんな場面にしばしば遭遇するのではないでしょうか。「食わせておいて扨(さて)と言い」。美味しいものを食べさせて、嫌とは言えない状況を作っておいてから、頼み事や要求を切り出す様子を言います。御馳走になるのも、相手次第です。時には用心も必要でしょう。

人間関係と言えば、男女関係を食べ物に関係づけたことわざも多く見られます。中には、人生の機微を考えさせるようなものも少なくありません。

「焼き餅焼くなら狐色」。餅を焼くなら、こんがりとおいしそうな狐色が良い。嫉妬するなら、ほどほどが良いというたとえですが、中々、味なことわざではありませんか。

「足の裏の飯粒」というのは、肌で実感できることわざでしょう。これは、足の裏についた飯粒が中々離れないことを、男女の深い仲にたとえて言ったものです。飯粒をうっかり踏んづけてしまい、飯粒がべったりとつぶれて中々取れないという経験は、一昔前の人ならば誰にでもあったものではないでしょうか。しかし、これも今の若い人々には、家でもソックスをはいている人も多いので、理解できないかもしれません。

「女房と米の飯には飽かぬ」。女房と米の飯は、普段は特別にあれこれと言うことはないが、日々の暮らしの中で飽きることはない。しかし、いざ無いとなれば、切実に困る物の筆頭に挙げられるものということ。また、「饂飩蕎麦(うどんそば)より嬶(かか)のそば」、これは女房のそばが一番気楽でよいという意味です。こうしたことわざに、ほろりとくる女性もいるのではないでしょうか。その反面、「女房と茄子(なすび)は若いがいい」、「女房と米の飯は行く先にある」などという、男の側から見た身勝手なことわざも思い浮かびます。ただ、今どき、こんなことわざを使ったならば、女性の方々から袋叩きにされかねないのでは、という思いが頭をよぎります。
に関することわざは、非常に多く見られます。酒は飲まなくても生命の維持には支障がありませんが、社会生活での人間関係の維持には大切な食でもあるからでしょうか。

「いやいや三杯」は、酒を勧められて、口先では「いやもう結構です」などと断りながら、実際には喜んで進められるまま何杯でも飲む様子を言ったもので、遠慮の言葉が本心とは違うことを例えたものです。「いやいや三杯十三杯」「いやいや三杯また三杯」などとも言うようですが、皆さんも、周囲を見渡せば、そうした人が一人や二人、思い当たるのではないでしょうか。あるいは、「下戸(げこ)の逆恨み」とは、酒の飲めない人が、自分には盃が回ってこないと不平を言うことで、当然のことに対して、不平を言う人を例えたことわざですが、皆さんの周りにも、こんな人もいるかもしれません。

また、呑兵衛の中には、「酒は百薬の長」と言い訳しながら、飲む人が少なくありません。そんな人たちは、その逆のことわざもあるのをご存じでしょうか。「酒は百毒の長」。また、「酒は飲むとも飲まれるな」、「酒は先に友となり、後に敵となる」ということわざもあります。くれぐれも、飲みすぎにはご注意を。

また、ことわざは、やっていけないことを、戒めるものという印象がありますが、そればかりではありません。馬鹿なことをしてまでも、食の楽しさを追求することわざもあります。「朝酒は門田(かどた)を売っても飲め」。「門田」は農家の屋敷の入り口側にあって、その家にとって最も大切な田のことですが、その田を売ってでも飲めというくらい、朝酒はおいしいものであるということです。

さらに、酒が登場するもので、客人をもてなすときの心得として、印象深いことわざがあります。「酒飯雪隠(さけめしせっちん)」。雪隠とはトイレのことですが、酒と食事に気を配り、そして、トイレを清潔にしておく。まさに、上から下まで、行き届いた心づかいではないでしょうか。
たしが子どものころ、というのは半世紀ほど前のことですが、自分で食事を用意するわけでもないのに、母親から習った“ことば”を、呪文のようにして記憶していました。

「はじめトロトロ、なかパッパ」(ご飯の炊き方。「始めちょろちょろ中ぱっぱ赤子泣くとも蓋取るな」、「初手はちょろちょろ中かっか末はおき火」などがあります)や「鳥皮魚身」(焼き物の作り方。「肉皮魚身(ししかわさかなみ)」と言って、獣の肉と魚の身の焼き方をいうこともある)といったようなものです。

こうした“ことわざ”は、便利な調理器具の普及によって、今では役に立たなくなりました。現代の子供たちの頭に浮かぶことは、器具を繋ぐコードの電源はどうなっているのだろうとか、器具が故障したらどうしようかということだけです。自分の腕前よりは、器具の性能の良し悪しが問われる時代となっているのです。そう言えば、ことわざではなくて“なぞなぞ”にも同様のことが見られます。「下は大火事、上は大水」(風呂釜で湯を沸かす様子を例えたもの)というような例は、わたしの子供の頃は、最も普通のなぞなぞでした。しかし、今では電気やガスを使う風呂が普通なので、風呂の下では薪で火を焚くということすら子供たちは想像できないようになっているのです。

このことは、考えてみれば、わずか数十年ほど前には生きていたことわざの多くが、今では「昔は・・・・」という前置きを必要とするようになったということでもあります。
とはいえ、改めて、こうした食のことわざを見返してみると、そこには、人間の愚かさや思い込み、心映えや人づきあいの心得といった、意外に変わらない人間の世界も垣間見えるのです。
つ気がかりなのは、現代は、ことわざがかつて見られなかったほど急速な勢いで消えてゆく時代でもあるということです。それは、世代を超えた語り伝えの文化が失われてゆくことと直結しています。近年の電子情報機器の使用によることばの伝達機能の飛躍的な発達によって、人々は語り継がれることわざのようなものよりは、マスメディアを通じて送り込まれる情報に強い影響を受けるようになったからです。こうした情報伝達の急激な変化は、ことわざを消したというだけでなく、社会における人間の関係のあり方や生活形態そのものを根底的に変えてしまったのでしょう。

ただ、ことわざが失われつつあると言うと、ことわざも日本の文化だ、子どもたちには勉強させるべきだ、という発想に結び付きがちです。確かに、文化を大切にする気持ち自体は良いことですが、実際には、子供たちは教室でことわざの文字の部分と意味だけ覚えて、それで終わりとなってしまうことになりかねません。しかし、本来、ことわざは、人々の生活の中で、人と人とが生身で関わる語り伝えの文化の中でこそ、生きているものです。もし、ことわざを大切にと考えるならば、それを支えている“語り伝えの文化”そのものを見直してゆくことが必要でしょう。

近年、携帯電話やインターネットを使ったメールなどが、人びとの間でコミュニケーションの新しい道具として幅を利かせるようになりました。これは一見、便利になったようですが、逆に見れば、人間がお互いに生のことばで直接に伝え合う機会がだんだんと失われているということでもあるのです。こうした状況は、食べ物をめぐることわざの世界にも大きな影響をもたらしています。たとえば、メールのような文字のコミュニケーションで使えば、ことばの意味が伝わるかどうかだけが問題となります。そうした時代であるからこそ、食べ物のことわざについても、字面を追うだけでなく、それが、どういった状況で、どのような関係の人びとの間で、どういった口調で、どういった思いを持って使われてきたのかに、思いを馳せる時間を持つゆとりが必要なように思うのです。

西江雅之「“文化”を食べる人々」エッセイ一覧

著者:西江雅之(にしえ・まさゆき)氏

昭和12年、東京生まれ。言語学・文化人類学者。
主に東アフリカ、カリブ海域、インド洋諸島で言語と文化の研究に従事。多数の言語を話し、土地の人々の生活に容易に溶け込む研究態度で“ハダシの学者”との異名を持つ。
また、現代芸術とのかかわりも深く、美術、音楽活動への参加も多い。教育面では、過去30年の間に東京外国語大学、東京大学、東京芸術大学、早稲田大学などで文化人類学または言語学の講義で教壇に立った。
第二回「アジア・アフリカ賞」受賞(1984)。専門書の他に、エッセイ集『花のある遠景』、 『東京のラクダ』、『異郷をゆく』、半生記『ヒトかサルかと問われても』、対談『ヒトの檻、サルの檻-文化人類学講義』などがある。平成13年11月、JTB旅行文化賞記念出版として『自選紀行集』が刊行された。
また、多くの高校・中学の国語教科書にエッセイが採用されている。平成27年6月14日死去。