「食」のエッセイ “文化”を食べる人々

第8章 虫を食べる

“文化”と言われるものが持つ大きな特色の一つに、“分類”があります。ネギとジャガイモは“野菜”に、リンゴとミカンは“果物”に、といった具合にです。人は自分たちの身の回りの事物を実に様々に分類しますが、地球上、土地が違えば分類のあり方も異なります。また、同じ土地に生活する人々でも、時代によって分類の仕方が大きく異なることもあります。

一体、どんな物が分類上では“食べ物”と分類されるかについても同様です。たとえばウナギは、ある土地では食べ物の類に入るとは認められません。しかし、別の土地ではウナギが最も素晴らしい食べ物の一種であることを疑う者はいません。生(なま)の魚などは、食べ物ではないとするどころか、そんなものを食べるのはまともな人間ではない、野蛮人だと決めつける土地もあります。かつて、そのような傾向が強かった欧米の国々の人も、時代が少し変わると、現在では、「刺身は健康に理想的な食べ物だ」、「刺身は美容に良い」などと言って、生(なま)の魚を立派な食べ物の一種として分類するようになっています。

“分類”は、学問的に深入りすると迷宮に入ってしまいます。そこで、ごく身近なことだけに目を向けて見たいと思います。そうすると、様々な物を目の前にしたとき、分類が表面的になされる場合と、それらの物の背後に目を付けてなされるものがあることに気づきます。

“日本料理”、“西洋料理”という二種類の料理を対象にして見ても、表面的には、正月のおせち料理や懐石料理、鍋料理、すき焼きなどは日本料理で、スパゲッティーやビフテキは西洋料理に分類されることは明らかです。しかし、それらを素材面から見れば、おせち料理のエビはインドネシア、数の子はアメリカ、野菜は中国、などといった具合に、素材のほとんどか海外産というのは、現在ではごく普通のこととなっています。料理のあり方という点を除けば、本当はどこの国の料理なのか分かりません。他方、どこそこの店のスパゲッティーは、素材のすべてが日本産なので、その点から言えば、「これぞまともな日本料理だ」などという話にもなってしまいます。既成の分類では成り立たない料理を作れば“無国籍料理”という名を付けられて、世間に出回ることになります。最近話題となったような、中国から輸入した餃子が引き起こした騒動の後では、日本国内の中華料理店に「当店の餃子には、中国産の素材は一切使っておりません」などという張り紙が出されても、客が違和感を持たないでしょう。それも妙と言えば妙な話です。
回は、“食べ物”としての“虫”の話をしたいと思います。
まず、日本では“虫・食文化”を代表する長野県などを除けば、“虫”は“食べ物”の類には入らないのが普通です。「ゲテ物好きの人を目当てにする店も、たまには有りますよ」と、珍し物好きの人々の間で百足虫(ムカデ)料理を食べたという武勇伝をするとか、「最近、イナゴを食べましたよ」などと、そのささやかな勇気を自慢話にする人がいるといった程度のことです。

ここで、話題を“分類”に戻す必要が出てきます。まず、虫が“食べ物”であるかないかという話の前に、断っておくべきことがあります。その理由は、ムカデやクモやミミズなどは「虫ではない」と言い出す人がいるからです。しかし、どの世界に行っても、人は自分の周辺の事物を、その場のあり方によって二通りにも三通りにも異なった仕方で分類することに注意してください。日本での一般的な例をあげてみましょう。

目の前に、アリ、チョウ、ニワトリ、クモ、セミ、ゲジゲジ、トンボ、ムカデ、カ、ミミズ、の十種類の生き物がいるとします。そして、このうちから“虫”に丸印を付けよと言われた場合、ニワトリに丸を付ける人はいません。しかし、クモ、ゲジゲジ、ムカデ、ミミズのすべて、または、その一部に丸を付ける者はいるでしょう。

しかし、もしその場が学校の教室の中ならば、勉強が出来る生徒の中には、「先生、それは間違っています。クモやゲジゲジなどは虫ではありません」と指摘する子もいるでしょう。その生徒は、理科の時間に習った“六本脚の昆虫”のみを指して“虫”だと言っているのです。とは言え、その時、机の下にひょっこり出てきたゲジゲジをその子が見つけたならば、「キャーッ!変な虫がいる」と、叫ぶでしょう。この時は、その生徒は、学校で勉強した生物学の分類ではなくて、日常的な民間分類に従って、足元に出てきた生き物を“虫”の一例として捉えたのです。

普通、話題が“食べ物”である場合は、何が “虫”かというのは、生物学での分類ではなくて、民間分類によるものです。例えば中国では、蜻蛉(とんぼ)や蝉(せみ)だけではなくて、蜘蛛(くも)、百足(むかで)の類はもちろん、蜥蜴(とかげ)、蛇から蛙、蝙蝠(こうもり)の類までもが“虫”の類に入ります。意外に感じる方もいるかも知れませんが、それらを表す漢字が“虫”偏の文字であることを言えば、納得されるでしょう。また、昆虫は六本足の生き物とされますが、その昆虫は生涯で何度か形を変えるのが普通です。その場合、毛虫や芋虫を見て即座に“昆虫”としての“虫”を思い出す人もいないでしょう。“〜虫の幼虫”とか言って表現するのがせいぜいです。しかし、“食べ物”の話の場では、それらを“虫”と言うことには何の抵抗もありません。

このようなことを前提とすれば、イナゴ、ミミズ、ムカデ、カエル、ヘビ等の“虫”は、人類史を振り返って見ればあまりにも当然の食材だったのです。また、栄養学的にはもちろん、味から見ても、獣、魚、鳥の肉や、野菜の類と比べて劣るところはありません。健康維持の上で重要だという以外に、美味しいということだけで、虫を習慣的に嗜好品として食べるという人間の集団も地球上にはザラにあります。オーストラリアの先住民にはシラミの一種を食べる人々がいます。アフリカの赤道以南の地方には蚊が大発生すると、それを集めて団子にしたりケーキにしたりして食べる人々もいます。ある種のバッタ、カブトムシやカミキリムシの幼虫、トンボ、アリ、ゲンゴロウ、タガメなどは、あえて地名を挙げる必要がないほど世界の多くの地域で普通の食べ物として利用されています。アジア諸国の中で、虫を食べる国の代表例としては、中国を挙げる人が多いのではないかと思いますが、実際は、ラオスを頂点として、ビルマ、インドネシア、タイなどが続きます。そうした国々で普通に食べている具体的な虫の種類をいくつか、日本語での名前で挙げますと、カブトムシやカミキリムシの幼虫、シロアリ、ミツバチとその蜜、ハチの幼虫、イナゴなどのバッタの類、コオロギ、ゴキブリ、タガメ、トンボ、などです。それに、昆虫ではないが“虫”に分類される生き物を入れれば、クモ、サソリ、ムカデ、ダニの類を挙げることができるでしょう。もっとも、ダニの類となりますと、やや古くなったビスケット、チョコレートや穀物粉などに混入しているものを、気付かずに食べてしまっている人々は、我が国にも少なくはないでしょう。
の数十年、世界の文化は大きく変わってきています。テレビの普及が急速に進んでいるこの十年間ほどのアジア、アフリカ、中南米、オセアニア諸国などの食事文化の変化は、目覚ましいものがあります。特に都市部では、ヨーロッパ風の食べ物を出すレストラン、喫茶店などが増えました。人々の関心は、“虫・食文化”を避ける方向に向かっています。虫と言えば人間に害があるもの、殺すべきものという考えも強くなり、虫を食べるなどというのは野蛮である証拠だ、そんなことを考えただけでもおぞましい、というような風潮が強くなってきているのです。新商品の開発を目指す会社で、虫を素材にする食品を売り出すなどという発想は、“食べ物”会社としてのイメージにとっては不利だと判断して、手を出しにくいという考えも強いのです。

しかし、先進国の一部では、将来の食糧問題の解決策の一つとして、昆虫食に寄せる期待が強まっています。食の素材としてのみではなくて、口から摂取する薬品としての虫の利用を目的とした研究は、画期的な成果を生むことが見込まれています。虫そのものではなくて、蜂蜜のように虫が作り出す物質(蜜など)が、食べ物としても、薬品としても極めて重要視されていることは言うまでもないでしょう。昆虫資源の活用技術の開発は、食品、農業、医療薬品、化粧品などの分野で大きな役割を果たすことが期待されているのです。蠅は不潔なゴミの中にいても、何故、病気にならないのだろうか。猛毒を持っている虫は、何故、自分の毒に当たらないのだろうか。こんな発想をする科学者は、確かに素晴らしい健康食や医療薬を開発するかもしれません。

食べ物に関しては、欧米人好みの食文化への変化が異常ともいえるほど速い現在、日本での“虫・食文化”について話すことは、多少の難しさを伴います。先に話しましたように、ヨーロッパの食文化こそが素晴らしいもの、みんなが憧れるもの、という考えが若者の間で強くなっています。また、自分の故郷では虫を食べるのだと他人に言われると、自分を含め、故郷の人々が辱められたような気持になったり、卑下されたような気持になってしまう人々も多いのです。そうした状況では、ある地方の“虫・食文化”を正確に調査することが難しくなります。そうしたことを考慮したうえで、日本での“虫・食文化”を見てみましょう。
本での虫食の代表はイナゴでしょうか。わたしは5、6歳のころ、田んぼでイナゴを捕まえてきては、自分で火にかざして焼き、味付けも無しに、おやつ代わりに食べることがよくありました。そんな話をすると、今の若い人々のなかには、わたしをまるで異星人を眺めるかのような顔で見る者がいます。しかし、日本ではイナゴは伝統的な食べ物なのです。戦後、数十年はイナゴが都会の食品売り場で売られていることはありませんでしたが、最近は都心の有名デパートの食品売り場でもイナゴの甘露煮や佃煮が売られているのを見かけるようになりました。ただし、乾燥イナゴがないのは残念です。商品としてのイナゴは、もちろん、立派に料理されているもので、味付けは、砂糖、醤油、日本酒、味醂などでなされています。日本では、水田で散布される農薬の影響や、水田そのものの減少で一時期はイナゴが大幅に減りましたが、その数も回復してきています。また、食用として足りない部分は、中国や韓国から輸入されています。

日本で、虫食が見られる代表県である長野県で食べ物とされる虫の種類は、十数種類だと言われていますが、そのなかでもザザムシはまさに信州地方の誇る特産品とも言えるのではないでしょうか。ザザムシは、川底の石をどけると見つかる虫です。釣り人が餌にするために探す虫でもあります。そのザザムシと呼ばれているのは、一種類の昆虫の幼虫ではなくて、トビゲラ、ヘビトンボ、カワゲラなどの幼虫の総称です。また、“ザザ”とは“砂礫の多い浅瀬”という意味です。なお、ヘビトンボの幼虫は“孫太郎虫”の名で知られ、日本では古い時代から漢方薬の一種として貴重品扱いをされてきました。

長野県の他、虫食が多く見られるのは山梨県、山口県です。その他、山形県、愛媛県などが虫を良く食べる県として知られています。また、虫を薬用とする県ということを基準としますと、順位は大きく異なります。二十種類ほどの虫を薬とする岡山県、愛媛県、広島県をトップとして、長野県、島根県がそれに続きます。ただし、この中には食べたり飲んだりする薬ではなくて、塗る薬も含まれているので、話題は少し複雑なものとなります

自分は食べたことがないが、食べられる虫なのだと聞いたことがあるというものの代表的な例はカイコでしょう。カイコのサナギは、つい最近も、韓国の街の路上で、甘栗売りのような売り方で客を集めているものを買って食べてみました。最初の何匹かは美味しいと思いましたが、十匹以上も同時に食べると味が濃くなり、受け付け難くなりました。日本では、普通の場合“カイコ”と呼ばれるイモムシのような幼虫、そしてサナギは、多くの地域で食べる習慣が見られたことが知られています。現在でも、信州ではカイコの大和煮の缶詰が販売されているとのことです。長野県には“マユゴ”と呼ばれる成虫、すなわち“蛾”を水炊きにして食べることがあると聞いて驚きました。芋虫、毛虫、サナギなどを食べるというのは、虫食文化としては普通ですが、蛾を食べるというのは世界的に見ても非常に珍しいのではないでしょうか。

ハチの子は、アジア諸国では普通の食べ物です。日本のいくつかの県では根強い愛好者を持っています。スズメバチの一種であるクロスズメバチが地中に作った巣の中の幼虫やサナギを食べ物とするのです。毎年、秋になると、副業としてではありますが、数百人の専門家が主に関東以北の各地を蜂の子を求めて移動するようです。そして、その製品の一部を缶詰にしたものが市販されています。蜂の子は長野県や岐阜県の郷土料理としても知られ、店外販売用の商品としては甘露煮や大和煮が、また、食堂や家庭内の料理としては“蜂の子飯”、油炒めなどがあるようです。
間にとって無害で、健康維持にとっても有益な“食べられる物”のうち、“食べ物”として認められるものは意外に少ない。そういうことを、わたしはこのシリーズで何度か強調してきました。その“食べ物”なるものを支えているのは、ある物が健康を害するのか無害なのか、不味いのか美味しいのかということよりは、個々の文化に支えられた文化的な基準によって判定されるのです。“虫を食べる”という風習は、そのことを最も明確に示しているようです。

今後の世界で、虫食が如何なる重要性を持つものなのか、わたしには予言はできません。しかし、科学的な“安全性”よりは、心理的な“安心感”が先行するとされる“食べ物”に関しては、それが上からの命令や学者の理論に影響されるのではなくて、流行の先端を行く大スターがコマーシャル番組で行う発言のような社会的に大きな力を発揮するものがきっかけとなって、世間に無理なく受け入れられるという可能性も大きいでしょう。ある種の虫を違和感なく食べる文化は、予想より早く、日本を含む地球上の各地で進むのではないかと思います。

西江雅之「“文化”を食べる人々」エッセイ一覧

著者:西江雅之(にしえ・まさゆき)氏

昭和12年、東京生まれ。言語学・文化人類学者。
主に東アフリカ、カリブ海域、インド洋諸島で言語と文化の研究に従事。多数の言語を話し、土地の人々の生活に容易に溶け込む研究態度で“ハダシの学者”との異名を持つ。
また、現代芸術とのかかわりも深く、美術、音楽活動への参加も多い。教育面では、過去30年の間に東京外国語大学、東京大学、東京芸術大学、早稲田大学などで文化人類学または言語学の講義で教壇に立った。
第二回「アジア・アフリカ賞」受賞(1984)。専門書の他に、エッセイ集『花のある遠景』、 『東京のラクダ』、『異郷をゆく』、半生記『ヒトかサルかと問われても』、対談『ヒトの檻、サルの檻-文化人類学講義』などがある。平成13年11月、JTB旅行文化賞記念出版として『自選紀行集』が刊行された。
また、多くの高校・中学の国語教科書にエッセイが採用されている。平成27年6月14日死去。