「食」のエッセイ “文化”を食べる人々

第5章 嗜好品

北の街で夜道を歩いているとき、奇妙なネオンの光を見つけました。小さな店の入り口の前に、放射状に適度に組み合わせただけといった数本の棒状のネオン管が、赤や青の光を放っていたのです。何の店だろうと覗いてみますと、それはビンロウ屋でした。

そう言えば、やはり夜道でのことですが、国際空港から台北の町に向かう途中、車窓から外を眺めていると、妙にゴテゴテと室内を飾りつけた小さな店が目に入ってきました。まぶしいほどの照明で室内を照らしている店内には、どこかの特殊なキャバレーのウエイトレスかのような妖しい装いをした女性が立っていました。挑発的な水着姿の女性も見えます。そこは周囲の雰囲気からあまりにもかけ離れたものなので、「あれは何の店ですか」と、隣の席の人に尋ねると、「ビンロウの店ですよ」と教えてくれました。店内の娘たちは“檳榔西施”と呼ばれているようです。“西施”というのは、中国四大美女のうちの一人の名前だとのことですから、彼女たちは、現代の西施だったのです。

日本の縁日のように、屋台をズラリと並べた夜市に出向いてみますと、そこでもビンロウが売られていました。しかし、煽情的に体を飾りつけた若い女性の売り子の姿はなく、普通のおじさんが、散歩がてらに立ち寄ったといった感じの客と何やら話しに夢中になっていました。

ビンロウ。台湾ではごく普通のものですが、その隣国である日本では見聞きすることがありません。ビンロウは木の実の一種です。漢字では“檳榔”と書きます。その木は、ヤシ科に属し、学名は “Areca catechu”、真っ直ぐに天に向かって生えている背が高い樹木です。

その木の実と、真っ白な石灰の粉とを、キンマ(きんま、Piper betle、コショウ科の蔓性の半低木)の葉で包み、口に入れてモグモグくしゃくしゃと噛む。唾液と混ざると、ある種の化学反応でも起こすのでしょうか、口の中が真っ赤になります。キンマのハート型の葉には、口中清涼剤としての効果があり、消石灰には消毒作用があり、ビンロウには軽い麻酔効果があると言われています。

この“ビンロウ噛み”の風習は、台湾のみではなく、東南アジア諸国や太平洋諸島では何処に行っても普通に見られるものです。ただ、素材の種類には多少の地域差が見られます。たとえば、土地によってはキンマの穂や茎までもが使われるようです。最近、大都会では、そのビンロウ噛みの風習は少なくなってきています。現代的なビル街の中、人前で路上に真っ赤な唾を吐き散らすことは気が引けるし、場所によっては公共の場でのビンロウ噛みは禁止されています。飛行機を含め、公共交通機関では、機内や車内でビンロウ噛みをしないようにとのアナウンスが流されることも多くあります。

勿論、ビンロウ噛みのあり方にも地域差が見られます。一般的には子供たちはビンロウ噛みをすることはありません。土地によっては、どちらかといえば男の風習とされています。別の土地では男女ともに、唇まで真っ赤に染めてモグモグとビンロウをひたすらに噛み続けます。ただ味わうことに専念する土地もありますが、真っ赤になった唾は、悪霊を追い払うために吐き出すのだといったような様々な理屈をつける土地もあります。

では、その効用はどのようなものなのでしょうか。清涼感を味わえる、ある種の刺激感が得られる、眠気を覚ます、等などとなります。清涼感を味わうと言いながらも、熱いと感じて額に汗を流す人もいる。また、この風習は社会的な付き合いの場でも生かされます。まず、訪問客に対してのもてなしの一部となるのは、日本で来客にお茶を出すようなものだと言えるでしょう。その次に多く見られるのは、結婚の際の儀礼の一部に利用するものです。たとえば、フィリピン、ボルネオ等では、結婚の際、ビンロウ噛みのセット(ビンロウ、キンマ、石灰とそれを入れる容器)が、新婦側から新郎側に、贈り物として渡されます。

一般的には、ビンロウ噛みの用具は、お猪口(おちょこ)程度の容積を持った小さな容器と、その中で石灰を混ぜるための小さな箆(へら)のような物からなります。基本的な仕組みは、言うならば受け皿と混ぜ棒だけといった単純なものですが、実物には非常に凝った細工が施されている立派な工芸品が多く見られます。丁寧に模様を彫りこんだ木製のもの、漆(うるし)塗りのもの、真鍮製のもの、植物の細い茎で編込んだもの、等など。それは日本の昔の人々が大事にした根付(ねつけ)のようなものだとも言えそうです。こうしたビンロウ噛みの風習は、マレー半島で始まったのではないかとされています。

ビンロウ噛みの話が長くなりましたが、いずれにせよ、生理的な次元から言えば、物としての人体の維持にとっては、ビンロウは必要不可欠なものではありません。それは“食べ物(飲み物、吸い物、など)”の一種ではありますが、それを食する習慣を持つ土地以外の地域に住む人々から見たならば、単に珍しいというだけではなくて、無駄な“食べ物”であり、人によっては馬鹿馬鹿しい“食べ物”だと思うに違いありません。さらに、同様の気持ちを持つのは、他者としてその“食べ物”を眺める他所者たちだけではありません。その習慣を持つ土地の人々の中にさえ、ビンロウ噛みには違和感を持ったり、嫌悪感を持ったりする人々も少なくないのです。

この世界、如何なる人間社会にも、“身体維持用の食べ物”とは別に、 “精神安定用の食べ物”とでもいえるものが見当たります。それを一般的には“嗜好品”と呼んでいます。嗜好品とされるものが存在しないという社会は、この地球上には存在しません。

この世界は様々な事物の集まりとして成り立っていて、その多くのものは一つひとつ名前を持っています。たとえば“野菜”とか“果物”とか“穀物”といった具合に、ある事物を、それ以外の事物と区別しているのです。しかし現実を見れば、ある物が、すべての面においてそのもの以外の何物とも異なっているといったように、すっきりと割り切れているものではありません。世界はそれほど単純ではないことが普通なのです。すなわち、ある物は、見方によっては野菜だとも言えるし、別の見方をすれば果物だとも言えるというように、他のものとの境界線が明確ではないものがザラにあるということです。

嗜好品の場合もまた、嗜好品であって同時に嗜好品ではないと言えるものが、極く普通に見られることになります。日本で言えば、酒、タバコ、茶、コーヒー、ある種の菓子、などは嗜好品の代表ですが、そのうちの酒を例にとれば、それは嗜好品でもあるし、食べ物(飲み物)でもあるし、薬でもあるし、飲み過ぎれば毒でもあります。同じ物が、時と場所と、その物への接触のあり方で、別の意味を持つ物となってしまう。ある物は、ちょっとした条件の違いで、いつの間にか、別の物へと変わってしまうのです。

酒、タバコ、茶などは、現在の世界では、地球規模で人類共通の嗜好品となっています。他方、地域を限れば、その土地ではあまりにも普通の嗜好品であっても、他の地域では珍しいものであったり、他者としては「何故、そんなものを口にするのか」と、理解しがたいものであったりするものも多くあります。

日本では見られませんが、東南アジアでは日常的に見られる嗜好品の例としては、たとえば、ビルマ北部の少数民族地帯や、雲南南部、ラオス北部、タイ北部、などで“ミエン(miang)”と呼ばれる “噛み茶”があります。竹の葉を煮て竹筒に入れ、一定の期間、土の中に埋めて発酵させたもので、いわば、茶の漬物のようなものです。普通はそれを噛んで味わうのですが、噛み終えた茶は最後には食べてしまいます。渋味と酸味が混じったような味がするこの茶も、その醍醐味は清涼感にあるのだそうです。

酒の類では、モンゴルと言うと“馬乳酒”を思い浮かべる人が多いと思いますが、これなどは、アルコール度が僅か2パーセントだということなので、それが酒と呼べるものかどうかは判定が難しいと言えます。同様に、太平洋諸島には一般名では“カヴァ”と呼ばれる飲み物があります。素材はカヴァという潅木です。掘り出した木の根から茎にかけての部分を乾燥させ、それを石臼のようなもので砕き、木製の容器の中で水に浸してエキスを出し、漉して飲むのです。この嗜好品は、“カヴァ酒”などと言って酒の一種のように紹介されていますが、実際にはアルコール分は一切ありません。その効用は、酒のように陽気になって騒ぎたくなるものではなくて、鎮静作用を起こすものなので、気分が落ち着いたり、仲間と飲めばしんみりと語り合うというようなことになる飲料なのです。すなわち、嗜好品は必ずしも気分高揚、興奮促進を促すものとは限らないのです。

文字通りに嗜好品であり、それ以外の意味をほとんど持たないものの代表は、なんと言ってもタバコです。タバコはアメリカ大陸が発祥の地とされますが、本来、タバコを吸う行為は宗教性が高いものでした。そのタバコが世界に広まったのは、コロンブスによる新大陸発見以後とされていいます。タバコを吸う行為が外の世界に広がるにつれて、それに伴う宗教性は急速に弱められました。そして、その風習が一般に広まって単なる嗜好品の愛用という意味しか持たなくなってしまってから、やっと伝わったのは、なんと発祥地の隣の土地だったという面白い話も伝わっています。現在の世界では、商品となっているタバコにはミント味のように特別な味を付けたものも多く見られますが、ジャワでは一般的なタバコとして、クローブ(丁子)や安息香を混ぜた紙巻タバコが売られています。日本では、葉巻の香りでも拒絶感を持つ人がいますが、この種のタバコの甘ったるい香りが室内にこもると、その匂いを好ましく感じる人がいると同時に、その場にいるのが耐えられないという人も少なくありません。

もう数十年も前のことになりますが、わたしが東アフリカのソマリア国に滞在していたとき、“カート”と呼ばれる葉っぱを噛み続ける男たちに一日中取り囲まれていました。“カート噛み”の本場はイエメンですが、ソマリアでは最も一般的な男の嗜好品となっています。素材はアカネ科の植物の葉っぱで、新鮮な若葉をそのまま生で噛みます。口の中に浸み出してくるエキスは覚醒効果を持つようですが、その効果は急激なものではなくて、時間とともにジワリとくるものです。ですから、ソマリアの男たちは何時間もカートを噛み続けながら、仲間とおしゃべりをしたり、仕事らしきものを続けていても大丈夫なのです。

いずれにせよ、世界で愛用されている嗜好品の種類を数えていったら限りがない程のものとなります。それならば、そうした“嗜好品”とされるものに共通する性質は何なのだろうかと考えることになります。

今回の話の出始めに触れましたように、たとえば酒のようなものは、普通の食べ物の範疇に入る“飲み物”であると同時に、場合によっては薬であり、別の場合には嗜好品であるという多面性を持つものです。ここでは、そういうものは一応除外して、意味として純粋に“嗜好品”であると認められるものを想定するとすれば、“嗜好品”とは、次のようなものとなるのではないでしょうか。

  1. 世界中、どの土地に行っても必ず見られるものである。(嗜好品がない社会は存在しない。)
  2. どの社会でも、その土地の住民の一部のみしか、その物に関係しない。このことが、一般の食べ物との大きな違いを示している。
  3. その物に関係しない人々は、その物に無関心であるというよりは、むしろ嫌悪感、反発感を持っていることが普通である。
  4. その素材は、うまくいっても無害であるが、基本的には健康にとって有害な物である。
  5. その物は、実感として、食べ物のように口や腹といった体の一部に満足感を与えるものではなくて、ごく僅かな量を摂取するだけで、“生”全体を満足させ、回復させるという効果を持つ。

タバコを嗜好品の代表として、以上のことを見直してみましょう。まず、タバコを吸うのは社会の一部の人だけです。そして、タバコに関係がない人々の多くは、喫煙することには反感や嫌悪感を持っています。現在のタバコには、味付け、香り付け、ニコチン除け、等など様々な工夫がなされていますが、基本的にはその素材には害があるとされています。その故に、未成年の喫煙を禁じる法律も施行されています。喫煙者も、タバコが体に有益だと思っている人はいません。害があると知ってはいるが、止められないのです。その理由は、ほんの一服、それを吸い込むだけのことでも、自分の“生”全体が回復し、精神が安定することを体が覚えているのです。健康への有害性を考えることよりは、一時の安堵感、充実感の方が重要だという優先性を、意識的にせよ、無意識にせよ重視してしまうのです。いずれにせよ、タバコを腹いっぱい吸う人はいません。当人の“気が済むまで”吸うのです。

“分かってはいるけれど、止められない”
生を回復して心の安定感を得ることの方が、単に体の満腹感を得るより大切だと思うのは、人の常です。嗜好品が持つこうした性格は、嗜好品とは何かを問う際に、線引きの難しさをもたらします。たとえば、嗜好品の領域にタバコ、酒などを含むのであれば、マリファナなども嗜好品の対象に含まれても良いのではないかと考える人も出てきます。生を回復するという点では、麻薬の類の方が強い効果を持っているからです。しかし、その際、社会的秩序を重視する立場に立って、特定の品目は有害であるから嗜好品として認めるべきではないという説が出されることもよくあります。

確かに、生を回復すると言っても、嗜好品の効果は一時的なものです。すなわち、それはしばらくすると“切れる”のです。そして、切れた途端に、夢の世界、天国への誘いが再び訪れます。麻薬の類は、その効果が絶大であると同時に、やがては当人の生そのものを支配してしまいかねません。そんなことが繰り返されると、その人物の体は崩壊してしまいます。自業自得ではないかという考えもあるでしょう。しかし、他者との共存という生活体系を維持する現代社会では、当人が夢見心地で他者に与えてしまいかねない危害というものも考慮に入れなければなりません。

こうした話題に入り込むと、たかだか嗜好品と言っても、壮大な領域を含むことになってきます。

西江雅之「“文化”を食べる人々」エッセイ一覧

著者:西江雅之(にしえ・まさゆき)氏

昭和12年、東京生まれ。言語学・文化人類学者。
主に東アフリカ、カリブ海域、インド洋諸島で言語と文化の研究に従事。多数の言語を話し、土地の人々の生活に容易に溶け込む研究態度で“ハダシの学者”との異名を持つ。
また、現代芸術とのかかわりも深く、美術、音楽活動への参加も多い。教育面では、過去30年の間に東京外国語大学、東京大学、東京芸術大学、早稲田大学などで文化人類学または言語学の講義で教壇に立った。
第二回「アジア・アフリカ賞」受賞(1984)。専門書の他に、エッセイ集『花のある遠景』、 『東京のラクダ』、『異郷をゆく』、半生記『ヒトかサルかと問われても』、対談『ヒトの檻、サルの檻-文化人類学講義』などがある。平成13年11月、JTB旅行文化賞記念出版として『自選紀行集』が刊行された。
また、多くの高校・中学の国語教科書にエッセイが採用されている。平成27年6月14日死去。