震災から1年が過ぎて ~精神看護の立場からのメッセージ~

末安民生 先生

東日本大震災から1年。メディアからは「がんばろう日本」「支えあう,つながる」「絆」など、被災地だけではない一体感を伝えるメッセージが継続的に発信されています。それでも、震災で心に傷を受けた多くの人は、今もなお様々な困難に直面しながら、日々の中で経済基盤だけでなく精神的にも問題を抱え続けているのが現状です。今回は、心の専門家から震災後1年を迎える今だからこそ伝えたいメッセージをお送りします。

日本精神科看護技術協会会長
天理医療大学医療学部看護学科 教授
末安民生 先生

第二章 人をケアする人にこそケアが必要です

■ 時間の経過とともにわかってきたこと

震災からの時間が経過することで、瓦礫の処理問題だけではなくて、被災地の状況の変化の全体像が次第に明らかになってきました。被災者の気持ちに寄り添うような報道も少なからず続いています。ひとりの人、1つの地域、1つの活動を一年間にわたって丹念に追い続けた番組や記事が伝えられています。マスメディアの人々も被災地とのつながりを感じながら取材をされていることがわかります。

これまでの報道のスタイルだけでは伝えきれないなにかを感じ、被災地の現状、被災者の心情を共感して書かざるを得なくなっているのではないかと思います。時間の経過の中では、PTSDやトラウマを取り扱ったものも、一方的な解説記事ではなく、その渦中にいる人たちの苦悩や対応策まで紹介されるようになりました。

そのような記事の中でも医療、福祉サービスの提供者に焦点をあてている報道が目立ちます。そもそも医療サービスとしては手薄な地域だったこともあって、医師へのクローズアップが多いのは地域医療サービスのなかで中心的な担い手だったからでしょう。震災後はなおさら健康な暮らしを保つことの重要性が強まっていますからその担い手への期待も高いのは自然なことです。それだけに彼らの肩にかかった期待は重く大きなものであることが想像できます。

2012年2月23日の朝日新聞記事「被災地医療者 心の悲鳴」では、自らも被災者で家族を失った医師が取り上げられています。
「患者さんの話をじっくり聞けなくなった。医師失格です」と述べているのです。被災者である患者さんの話を聞くと自分の家族と重なって患者さんの話を遮ってしまう。患者さんの話をじっくり聞けない自分に医師として無力感を感じているというのです。

■ 受け止めきれない事態の後で

大きな災害や予測していない事態になどに遭遇し、自分が当事者であるのにもかかわらず同時に人々の生活のために重要な役割を担っている人は、ほとんどの場合においてそこで起こった重大な事態に自分が巻き込まれないような感情のコントロールを行います。冷静でないのに冷静でいようとするためには揺れ動く感情を絶え間なく抑えることが必要になります。それは周囲の期待にこたえるという自然な行動であり、誠実に職務を果たそうという無理からぬ姿勢なのです。

予期せぬ被災から生じた動揺であり、悲しみに暮れるのは当然なのに、自分が動揺することで周囲の人たちを不安にさせてしまうかもしれない。そう考えると自分の悲しみはあらわすことはできないという境遇におかれることになるのです。被災者を思いやるからこその行動なのです。医療福祉職、教育職、行政職、警察や消防など、被災者だけではなく日常的にも社会的な役割を担う人のストレスだといってもよいでしょう。

■ リーダーとしての期待には応えているのに・・・

ところがこの感情を抑え続ける行動には限界があります。人によって変化が訪れる時間や条件は違いますが、感情を抑制したままで日頃よりも重圧のかかった危機状況に対処することが困難になっていきます。自分は責任ある行動には自信がある、対人的な訓練をしている、という人であったとしても油断できないのです。

被災者から期待を持たれることになる責任のある役割を担う人にとっては、自分の弱みを見せることは役割遂行に支障をきたすことになりかねないと自覚されます。その結果、被災状況を回復させていくような役割遂行者は、自分の悲しい気持ちや辛い状態を感情の影の部分に押し込めてしまいます。ところがその押し込められた感情はどこかに消えたわけではなく、重く沈みながら日常生活を維持している感情の健康な部分、感情の豊かな光を放っている範囲を次第に浸食していきます。

やがて、感情の影に隠れていた自分の辛い気持ちや悲しみは抑え込まれていわば化学変化を起こして無力感などとして浮上してくるのです。役割を遂行するときに必要な人との接触が困難になり、他から見ても明らかに感情が抑えられた無表情という表情としてあらわれてきます。そしてその広がりは表情だけではなく全身に身体化してあらわれ、全身が鉛のように重く冷たく感じられ、朝起きるのがつらくなったりやがては出勤すら難しくなってしまいます。

人によっては不眠や、意欲が減退した結果、ひどい落ち込みとなります。先の朝日新聞ではこれを被災の現場に立ち会って職務を果たせなかったときにおこる「惨事ストレス」として紹介しています。ただし、この落ち込みは「異常な状況下で起こる正常な反応」なので適切なサポートさえあれば、「大半は自然に収まる」と説明しています。

現在では、さまざまな研究が行われていますが、米国などの研究では、被害にあった人を助ける側の人も被災した人と同様に傷つくし、ときには被災者を助けられなかったという罪悪感や無力感によって、より強く被災者を受け止めようとしてしまうなど一定の傾向があり、その一部には支援活動を中止させてでも適切なサポートが必要な状態に追い込まれていくと考えられています。

このような状態は二次的なPTSDとみなされます。重症化する前に積極的なサポートや治療が必要だと考えられています。がんばろう、と指揮を鼓舞し激励だけでは激烈な事態を経験して痛んだ心には回復の手立てとはならないのです。人による時間をかけたサポート、事態を受け止める時間を保証したり、周囲の人たちとのミーティングによる振り返りなどが有効です。それもできるだけ時間をおかずに待機していて対応できるサポートチームが必要なのです。

一部の文献にはそのような振り返りは、かえって被災者である支援活動者を追い込んでしまうことになるから行うべきではないという指摘もありますが、支援する人にも支援してくれるバックアップがあるというだけでほっとする、ほっとしたいという意見が寄せられているのも事実です。その場限りの対応ではなく、長期にわたるサポートが保障されることが前提のサポート活動だと考える必要があります。私の2001年の9.11テロのときの日本人への支援活動はその直後から10年を経過した今も続いています。

東日本の震災では、過酷な状況下での活動をしていた自衛隊員に心理職、看護職のサポート要員が早い時期から派遣されていたことが報道されていたのもその一例です。

■ どのようなサポートが必要か

できるだけ早くから感情的な支援、適切なサポートが受けられること、被災した支援者への支援を経験したスタッフの確保が必要なのです。警戒するサインとしては、無力感や思わぬ怒り。特に夜間の突然の恐怖心や業務中にわいてくる罪悪感。特に無力感は自分でも気づきにくいのでとりわけ重要だと思います。

特に援助者の場合には先の医師のように患者さんの話を聞けなくなったり、看護師の場合には患者さんのそばに行くことが苦痛になってから初めて気づきます。つまり援助者として期待される患者さんに対する共感力が失なわれ、医療やケアを事務的に行うだけの自己防衛的な態度をとらざるを得ない状況になってしまいます。

その結果、さらに患者さんの怒りを生み、関係の悪循環につながりその原因をつくった自分を責めることになってしまうのです。

このようなことを防ぐのには、無理をしてでも少しの休みをとることなどスタッフ全体のマネジメントを担う役割が大切なのです。ただし、スタッフ全体が影響を受けている場合にはそのマネジャーもまた被災者であることも少なくないため、役割の交代など重荷を集中させないことが必要になります。

何がどのようにして起きたのか、今、私たちは何を担うべきが、できることとできないことを書き出して共有し、できないことの責任は誰か個人が担うべきではないことを確かめ合うことが始まりです。

著者を含む精神科の看護師の具体的な支援活動は日本精神科看護技術協会のホームページでご覧ください。
http://www.jpna.jp/outline/greeting.html

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