~心と体~ 知っておきたい心の健康

末安民生 先生

社会の多様化や時代の急激な変化などにより、メンタルヘルスの状態を良く保つことは難しくなっています。また、ちょっと専門家に相談したいと思っても、気軽に医療機関に足を運ぶには抵抗がある方も多いようです。今回は、身近な話題となってきた心の健康について専門家にわかりやすく説明していただきます。

日本精神科看護技術協会会長
慶應義塾大学看護医療学部 准教授
末安民生 先生

第六章 依存(1)~ニコチン依存症~

中毒と依存症の違い

10月1日のタバコ税の増税にともなって、タバコは1箱(20本)110~140円の値上げとなりました。不景気が続く中、愛煙家の方々の懐には大きなダメージになるでしょう。経済的理由で本数を減らすという方もおられるかもしれませんが、そのような方は少数なのではないかと思います。実際に2003年に施行された健康増進法によって禁煙を決意したり、本数を減らせた方がいたのは事実ですが、「健康」維持促進のためという理由では激減という効果は得られませんでした。

財団法人 健康・体力づくり事業財団による成人喫煙率(厚生労働省国民健康栄養調査)のまとめによると、男性の喫煙率は減少しつつある一方、女性の喫煙率はほぼ横ばい、若干の増加傾向にあります(図参照)。

喫煙習慣者の年次推移(性・年齢別)

出典:「厚生労働省『国民栄養の現状』(国民栄養調査結果)」(厚生労働省の最新たばこ事情より)

タバコやアルコールに依存する人をかつてはニコチン中毒、アルコール中毒といっていました。しかし現在では、依存という表現に置き換わっています。これは、病理学的な分類に基づいて正確に表現しようという流れなのですが、大きく分けて中毒と、嗜癖と依存というようにしています。現在では、中毒というのは好むと好まざるとにかかわらず有害物質を受動的に摂取してしまったものをさす言葉となっています。たとえば、鉛や亜鉛といった重金属など人体にとって有害なものを吸収して精神身体的な機能障害となってしまった場合です。アルコールやニコチン、パチンコなどの能動的な行動が伴った習慣化、常態化してしまったものを中毒とは呼びません。

アルコールやニコチンといった薬物に関して言えば、精神身体に有害物質だとわかっているけれど、精神機能がそれを必要とするから使わざるを得ないという精神状態になるわけです。単純に好きだから癖になって止められないのではないのです。

わかっているけどやめられない——。それを現在では依存症といいます。

依存を止めることは誰にもできない?

では人体に有害であるとわかっていて、なぜ人間はタバコやアルコールを摂取するのでしょうか。それは哲学的な表現になってしまうかもしれませんが、人間が緊張しながら生きている社会的な動物だからです。仕事だけをし続けていては倒れます。どんなに忙しくてもどこかで合間に息を抜いているのです。ですから長く仕事を続けるためにこそ息抜きが必要で、それをうまく手助けする、つまりなかなか気分が切り替えられないようなときに緊張状態を緩和するための道具や空間としてタバコやアルコールが必要なのです。

ここで重要なのはあくまでひとりでできることです。帰宅して家族の顔を見れば、気持ちが安らぐかもしれませんが、そこには必ず人間関係がある。心休まる空間だとしてもなんらかのストレスは発生しています。タバコやアルコールがこれほど世界中で愛されているのは、個人でできる「最善の知恵」としての息抜き方法だからだと思います。

そう考えると、少し悲観的ですが、依存を止めることは誰にもできないと考えたほうがいいでしょう。

たとえば、人間の集中力はだいたい40分間くらいではないかといわれています。小学校の授業が40分なのもそのためです。人間は同じ集中力を維持して長時間働き続けられません。だいたい40分ごとに一服いれることができるから続けられるのです。これは別の言い方をすると身体感覚を活かして時間にうまく依存しているともいえます。

言い換えれば、息抜きもできない、完全管理の仕事を常に強要しているような職場は、精神的なプレッシャーを開放する場所も時間もありませんから、息苦しい職場となり、離職率やうつ病を発症する傾向が高まるでしょう。

「小さい依存」をいくつか持つこと

そう考えると、タバコ依存症から脱却したいと考えている人には、「がんばってくださいね」と励ますよりは、「もしタバコを止めるとしたらほかにストレス発散の手段はあるの?」と問いかけたほうがいいのではないかと思います。

タバコを吸う人は緊張からの開放感を求めています。そうであれば、ほかに開放される手段があればいいわけです。禁煙外来や禁煙セラピ─、カウンセラーが人気を集めていますが、それは医者やカウンセラーが小まめにチェックしてくれるような気持ちを委ねるような新たな人間関係への依存だということもできるのです。その人が1週間我慢できたら、「頑張りましたね」「よくやったね」と確認し、目標達成を喜びあうことができる。クライエントは褒められるとやはり嬉しいものです。嬉しいと開放感がある。だからもっと頑張ろうという前向きな心の動きを生みだすのです。

禁煙サークルや断酒会という相互サポートシステムもあります。お互いでお互いを励まし合い、支えあうというシステムです。その中で「私たちは頑張れている仲間だ」という共感意識が喫煙や飲酒をやめるという意志を支えるわけです。

こう考えてくると自分の意志だけでの禁煙はなかなか難しいことがお分かりいただけると思います。

また禁煙はできないけれども、まずは節煙だと、1週間に1箱しか吸わないという方もおられるかもしれませんが、依存はやがては拡大するものです。なぜ拡大するかというと、依存している間は爽快感、開放感、鎮静感、高揚感があるけれど、それがないと不快な時間が広がるからです。食後の一服がうまいとよく言われますが、それが朝の一服が、酒と一緒の一服が、仕事が終わったあとの一服が、帰宅して最初の一服がうまいと次々増えていくからです。

ただ、逆に食事や酒はタバコを吸わないほうがうまい、仕事の切り替えには目を閉じた5分間のほうが体が楽になるといった、別の快が見つかれば、おのずと喫煙量は減っていくでしょう。

依存症にはたくさんのタイプがあります。ネット検索、メール、電話、買い物、食事、おしゃべり、恋愛、ダイエット、旅行、仕事……。趣味、嗜好の数だけあるといえるかもしれません。アルコールやタバコには無縁だという人だとしても、ひとつのことに極度に依存してしまうと、健康にも人間関係にも悪影響が及びます。ただ、だからやめるということができないのも人間なのです。自分の体のことを考えながら、自分の時間を委ねる小さい依存をいくつか持つことが健康の維持には必要なことなのかもしれません。

(取材・島田 健弘)

次回のテーマは、依存(2)~摂食障害~です。

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