~心と体~ 知っておきたい心の健康

末安民生 先生

社会の多様化や時代の急激な変化などにより、メンタルヘルスの状態を良く保つことは難しくなっています。また、ちょっと専門家に相談したいと思っても、気軽に医療機関に足を運ぶには抵抗がある方も多いようです。今回は、身近な話題となってきた心の健康について専門家にわかりやすく説明していただきます。

日本精神科看護技術協会会長
慶應義塾大学看護医療学部 准教授
末安民生 先生

第四章 うつ病の多様化

五月病もうつ病?

うつ病には突然になるわけではなくて前段階があります。まず気分が変化するという段階です。一般的にはヘコむという言い方だとわかりやすいかと思いますが、日常生活の中で失敗や悩み事が発生して、気分が落ち込むという状態です。

次に軽度の抑うつ状態。これは普通に仕事もできるし、お酒も飲める。会話もできるし、他人のことを気遣うこともできますが、いつもとは違う頭が重い感じや軽い不眠、気分の落ち込みがより強まっている状態です。

次の段階が重度の抑うつ状態といえるものです。仕事も手につかない、眠れないことで辛くますます気分が沈み、中には脂汗をかき息苦しくもなるときがある。食欲もなくなり他者からみてからだの動きも悪く、表情の変化が見られないような受診が必要になってくる状態になります。

これらの原因はさまざまですが、環境変化に対応できていないという要因が強く影響するという捉え方があります。そのため、五月病、引っ越しうつ病、昇進うつ病、空の巣症候群などのその人のおかれた状況を表現している診断名がつけられるものもあります。

ただ、こういう状況の変化、ライフサイクルに伴う環境の変化は昔からあったものです。なぜ、いまになってうつ病が多様化したと言われるようになったのでしょうか。

ひとつには前回の記事(うつ病患者は100万人越え)で紹介したように、患者の裾野が広がったことで多様化したという解釈があります。

「うつは心の風邪」という説明によって関心が広がり早期の受診が増えたことも理由のひとつでしょう。重い抑うつ状態ではないのに、受診すれば医師も暫定でも病名をつけた方が患者も安心するし、薬を希望する人には医師も処方せんを出しやすくなります。

うつ病患者が減らない理由

うつが多様化したことと、もう1つの考え方としては、実は回復がなかなかうまくいかないのではないか、という問題が指摘されています。他の疾患では治療が進めば通院も減り、患者の数は段階的に減少します。しかしうつ病の場合は自然増と考えられる範囲をはるかに超える数(9年間で2.4倍 ※前回記事参照)で増えています。この様な増加は我が国ではなかなかみられません。

新規のうつ病患者が増える一方で、回復する患者が減らないことが問題視されはじめているのです。その理由はいくつか考えられ、まずは環境です。この連載でも再三述べていますが、労働環境や住宅環境、家庭環境など社会環境が病気の状態をつくるような状況になっているのではないかという考え方です。

環境が大きな原因だとしたら環境が改善されない限り、回復は得られません。しかし社会全体をうつ症状を生みだす状況から変化させるのには限界があります。労働の在り方そのものを問うような社会変革すら必要になるでしょう。ですから、それを待たずにときには自分にあった仕事に転職したり、住まいを移し変えたりしていくことすら必要になるときもあり得るのです。精神科医師の中にも、基本的な生活そのものを見直すことをすすめる方もあります。

一方、抑うつ状態の要因となる環境を変えられない場合には、その環境に適応できるように治療を受けなければなりません。患者の中にはなだらかに変わっていける人もいれば、治療期間が経過しても回復が難しい人もいます。ここで治療をうまく回復軌道にのせることができない人、のらない人がうつ病患者数の増加の主要因ではないかという指摘もあります。

対応の難しいうつ病が増えているのではないか

精神科医師の数は増えています(図参照)し、セロトニン阻害剤など、うつ状態改善のための治療薬はたくさん開発されています。それなのに患者が減らないのはなぜでしょう。その原因として、うつ病の重症化がすすんでいるのではないか、という考え方があります。

主な診療科別の医師数の変化(平成8年から平成18年の10年間における変化)

出典:「財政制度等審議会 財政制度分科会 財政構造改革部会『雇用、少子化対策、医療等の重要課題』」(平成21年4月21日 財務省主計局)説明資料より

これまでうつ病とひとくくりにまとめられていたのですが、実は単純なうつ病とはいえず、他の病気との合併した状態が生れているのではないか、という捉え方です。パニック障害、外傷後ストレス障害などの他、境界型パーソナリティ障害の患者の症状との混在が精神科医師によって指摘されています。例えば慢性的な空虚感や自己像や同一性の障害などです。
一見、うつ病、実はもっと根深い別な病気の可能性も考えられるということです。

うつ病が多様化しているということの背景には社会環境の変化があることは述べました。したがって治療法も多様化するはずなのに、その変化の現実に診断学や治療法が対応しきれていないのではないか、という精神科医師の指摘には私ども看護師としてもうなづけるものが少なくありません。

(取材・島田 健弘)

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