~心と体~ 知っておきたい心の健康

末安民生 先生

社会の多様化や時代の急激な変化などにより、メンタルヘルスの状態を良く保つことは難しくなっています。また、ちょっと専門家に相談したいと思っても、気軽に医療機関に足を運ぶには抵抗がある方も多いようです。今回は、身近な話題となってきた心の健康について専門家にわかりやすく説明していただきます。

日本精神科看護技術協会会長
慶應義塾大学看護医療学部 准教授
末安民生 先生

第二章 うつとうつ病の違い 2

回復に影響を与える環境

12年間続いている我が国の年間自殺者3万人という事実は何を物語っているのでしょうか(図参照)。自殺を試みた人の直接的な原因と背景としての原因としてうつ病との関連が強く疑われています。関連を解明するための研究もおこなわれています。

精神科の外来に訪れる新規の患者さんの多数はうつ状態とそれにともなう生活上の不適応によるものです。そして一向に減らない自殺。警察庁の発表による昨年の自殺者の統計では20歳代30歳代の増加が注目されています。確実に増えていることが問題です。

年間自殺者数

前述したように、気分が沈む、落ち込む、憂うつな感じというような状態は誰にでも起こりえます。そもそも思い当たる原因がないのにもかかわらず、他の人たちに比べて気分が沈みがちな人、落ち込みやすい傾向の人もいます。そもそもの原因が分からないとはどういうことなのでしょうか。現在、治療を受けているうつ病の患者さんにうかがうと、うつ病になった原因には、自分の性格がある、と考える方が多いです。確かに、性格、性分、タイプという分け方で説明できることはありました。

しかし、今日ではこの傾向は変わりつつあると思います。うつ状態になる原因を個人の性格や考え方に求めるだけではなくて、会社や学校、家族間の影響だ、とするいわば社会的環境にも発病の要因を求めるという考え方です。そのように考えるようになってきた背景には、現在の我が国の社会構造の問題があります。政治と経済のどちらからみても我が国の将来はあまり明るい兆しはありません。特に若い人々にとっての夢や希望、見通しには光がさしているとはいえないでしょう。また、核家族化から子どもだけでなく夫婦がそれぞれ別々に食事する孤食化など家族のつながりが薄れている傾向もあると思います。このような傾向は今では限界集落や買い物難民など地方、都市を問わずに社会環境の劣化として深刻さを増しているといえるでしょう。

現在の生活環境の変化は、うつ病からの回復には望ましいものではありません。これまでは誰しもが自然な気分の変化として受け止められていた気分の落ち込み、これをうつ状態とすると、そこからの回復のための自然な時間や環境が奪われてしまっていることになります。このように考えるとうつ病から回復の準備には環境を整えることを重視することが必要になります。ですから、心の健康を回復するのには、身体的な健康とあわせて社会的な健康の調整を重視しなくては回復を確かなものにできないということになります。

回復と環境への適応

そもそもうつ病は、環境要因のほうが原因として大きいのではないかと捉える考え方があります。うつ病の基本的な原因が職場にあるとすれば、その仕事を辞めることで、回復する人もいるからです。職場に適応できない障害としてのうつ病、あるいは過剰な適応によることから来る疲労、疲弊感が原因と考えられるうつ病です。都内で開業している精神科の医師らから聞く話としては、都内で治療を希望するうつ状態やうつ病になっている10代後半から20代後半の若者には、「東京の空気は合わないから、田舎に帰ってゆっくりしてから仕事や学業にまた取り組みなさい」とアドバイスすることが少なくないということです。そこでそのとおりに郷里に帰った若者の8~9割は、回復するようだというのです。

ここまで考えてくるとうつ病とはその人の経歴や生き方を反映する病気なのではないかということが分かります。自分がこれまで生きてきた環境や生き方、人生観と合わない環境に置かれて、それに適応できなくて落ち込んだりすることはよくあることです。人間は環境に適応しながら成長していく生き物ですから、多くは未知の環境にも必死で適応しようとします。しかしそれに適応できない人がいるのも事実です。

気分が沈んでいるのは実はうつではなく、無理に環境に合わせることでからだとこころが不適応というサインをだしているからなのかもしれないわけです。職場や学校の不適応からうつになり、そこから生活の不適応が生れて本人の苦しみと周囲の心配になります。環境としての職場の変化が得られないと、うつが改善してもうつ病になってしまった環境に再びさらされて、いずれまたうつ病になってしまいます。

(取材・島田 健弘)

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