~心と体~ 知っておきたい心の健康

末安民生 先生

社会の多様化や時代の急激な変化などにより、メンタルヘルスの状態を良く保つことは難しくなっています。また、ちょっと専門家に相談したいと思っても、気軽に医療機関に足を運ぶには抵抗がある方も多いようです。今回は、身近な話題となってきた心の健康について専門家にわかりやすく説明していただきます。

日本精神科看護技術協会会長
天理医療大学準備室 教員
末安民生 先生

第十章 依存(3)~アルコール依存症~

逃れられない不安と「酒」

お酒はおいしいし、気分転換にもなります。人とのつき合いに奥手な人のコミュニケーションが円滑になるという、いわば「正」の効果があります。一方、「負」の効果として、お酒がもたらす快楽と対人的な変化は「一時的な効果」でしかなく、その気持ち良さのために精神的のみならず身体的な依存状態にまで陥るということを忘れてはなりません。

そもそもなぜ快楽や楽しむ気持ちを求めるのか、その裏側のさまざまな不安や不満には人はなかなか目が向かないものであるということがポイントとなります。

生きていくうえで解決できない課題、不満の要素は無数にあるので日々の生活の中で一つ一つ、自分の気持ちに向き合うことが難しいのは仕方のないことです。だからこそ、すぐに解消できない問題や他人が認めてくれない不満などを、一時的な効果であれ逃避する、アルコールに身を委ねるということは、精神衛生上は無理からぬことなのです。

アルコールによって起きる「正」の作用は、身体的精神的に抑制された状態を開放するわけですが、これは冷静に見ればアルコールの薬理作用に頼っているわけです。薬理作用である以上、過ぎた作用への期待は病的な現象なのです。こうなってしまうと「病的な酩酊」と呼ぶことになります。昔は「アルコール中毒」と呼んでいたのは皆さんご存知かと思いますが、「中毒」という言葉から連想できるように、それは死に至る病です。

軽度の利用であったとしても人によっては危険です。アルコールは脳の活動を一部抑制するので、酩酊状態にあると脳神経機能を低下させ、正常な判断能力を低下させます。そして注意力は散漫になり、判断は軽率になり、自己反省力が薄らいでしまうのです。

酔った後に大声で怒鳴る人や気が大きくなる人、笑い出す人、泣き出す人など、酔っ払うとさまざまな反応がありますが、まるで別人格の人になってしまったように突然に人が変わったようになると「異常酩酊」です。周囲の人々が凍りつくような行動が生まれます。理性のコントロールが効かずに、感情を抑えることができなくなってしまったためです。

これが一度の飲酒やたまになら周りも許せるかもしれませんし、本人もある程度は覚えていて反省したりしますが、結果として繰り返すようになるのは依存症という病名からも理解していただけるでしょう。

毎晩飲むようになり、ビールのCMを見ただけで生唾が出るほど欲しくなるようになってしまったら完全に危険水域です。「たしなむ」うちにいつしか「飲まないとやっていられない」気分になり、飲まないと、不安、空虚さを感じるようになってしまい、週に2~3回の飲酒が毎晩となり、朝になってもアルコールが抜けず、逆に飲まないと指先が震え、それを抑えるためにまた飲む。被害的な妄想状態が出てきたり、家人に暴力をふるうようになってくると、仕事中でも昼休みなどに隠れて飲んでしまうようになるほど依存してしまい、人間関係に影響するのは時間の問題です。

アルコール依存の現状
1. アルコール関連疾患により医療機関で受療している者

アルコールによる精神及び行動の障害

  総数 男性 女性
平成5年 3.2万人 2.9万人 0.3万人
平成8年 5.5万人 5.0万人 0.5万人
平成11年 4.5万人 3.9万人 0.5万人
2. アルコール依存症の長期予後

わが国でこれまで実施された長期予後調査(10年程度の追跡調査)によれば次のとおり。

  • ・断酒20~30%。節酒7~10%、問題飲酒30~40%、死亡20~40%。
  • ・死亡率は特に単身者で高い。死因は、肝硬変、心疾患、事故、自殺が多い。
  • ・予後の良否は、自助グループ参加と関連が高い。
  • ・自助グループに参加せずに長年断酒、節酒している者もいる。

(資料:今道裕之 「長期予後からみたこれからのアルコール医療」)

国税庁【第4回 酒類販売業等に関する懇談会】 説明資料「飲酒習慣者の推移」より

依存症患者の回復はとても難しい

アルコール依存からの離脱、回復はとても困難です。たとえ1ヵ月断酒ができたとしても、その期間中、社会的不安や欲求不満のすべてが解消されていなければ、断酒祝いの祝杯を挙げてしまいたくなるものです。

その点は禁煙と似たところもあります。断酒は宣言しないで試みる方がありますが、これはうまくいかなかったときに恥ずかしい思いをするからです。つまり、恥をかきたくないのです。自分の力のなさを忘れようとして飲んでいた人が、断酒を決心して試みたのに、結果は飲まずにはいられなくて飲んでしまう。自己嫌悪の悪循環回廊が扉を開けて待っているのを心のどこかで感じているからこそ行動を秘密にします。でもこれも最初だけで、いつかは止められる、自分は止める力があるという考えを自分への説明としてしまいます。

問題行動の多くは個人の不安や不満の表れです。しかし、関係性の中に現れにくいですが、周囲の期待に応えられないと「恥ずかしい」という感情こそが、アルコール依存症の病態の基本だといってよいと思います。ということは、回復への手助けといってもだれか近しい個人がかかわるのもなかなか難しく、そのため日本では断酒会、米国ではAA(Alcoholic Anonymous)というセルフヘルプ(相互扶助)グループ、当事者の助け合い組織が出来上がってきたのだと思います。ギャンブル依存なども含め、セルフヘルプグループなどは各地域にたくさんあります。そこでは参加した人は言いっぱなし、聞きっぱなしで自分の思いを吐き出したりします。アメリカではアンガーマネージメント(怒りのコントロール)という方法も取り組まれています。他人では解決できない不満や怒り、不安をさらけ出して、昇華・発散させて気持ちを沈静化するというものです。

同僚や家族が支えようとして結局は、離職や離婚、家庭崩壊となることが少なくないのはこれまでのアルコールトラブルの歴史を見なくても十分に予測できることなのです。

同僚や家族が、周囲で支えるには限界があります。そこで厳しいようですが、どこかで線引きをし、「依存体質になるまで飲むことを選んだのはその人の責任である」と認識させることが必要です。ただ、その場合にも、時には本人に、前述のことを説明して、アルコール以外に自分を助ける道具や方法を探してほしいことを伝えたらよいでしょう。それができるくらいなら苦労はしない、という反応でしたら、自分で専門機関やセルフヘルプグループを探すことも回復の一手段であることを伝える。一人で抱え込まないことが、依存症者と依存症者の回復を助けることの始まりだからです。助ける手段を伝える、その過程を歩んでほしいと願う、同僚や家族ができるのはそこまでであることをお話しするのがよいでしょう。

(取材・島田 健弘)

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