最新の糖尿病事情

岩崎直子 先生

今回から新シリーズ「最新の糖尿病事情」をお届けします。日本と世界の傾向や予防法、治療法など、第一線の専門家にわかりやすく説明していただきます。

東京女子医科大学
糖尿病センター内科 医学博士
いわさき直子 先生

第一章 世界の糖尿病事情

世界で懸念される糖尿病患者の増加

日本の糖尿病患者の数は、ここ半世紀で急増しました。1955年に比べて1990年には約22倍、2001年には31.5倍にまで増加しています。糖尿病と聞くと、日本人の生活習慣病というイメージがあるかもしれません。しかし、実は世界的にも大きな問題として広がりつつあります。

IDF(International Diabetes Federation)の試算データによれば、糖尿病患者は2007年から2025年にかけ、全世界で55%増加すると予測されており、そのほとんどは2型糖尿病です。そのうち、もっとも急激に増えると予測されているのが、中南米とアフリカ諸国です。こうした国々で糖尿病の急増が懸念されているのには、いくつかの原因が考えられます。

2007~2025年にかけての、世界の糖尿病患者増加予想

糖尿病が増加しはじめるひとつのポイントに、食生活の欧米化があるといわれています。外食産業の発展や夜間でもオープンしているお店の増加などから気軽に食す環境が出来上がるにつれ、従来の食生活よりも、カロリーや脂肪分の高いものを多く摂取するようになっていきます。さらに、もうひとつの要因として挙げられるのは、自動車の保有台数増やエスカレーター、エレベーターの普及に代表される運動不足です。これまで日常生活であたりまえのようにしていた運動をしなくなり、高カロリー、高脂肪の食生活に移行することで、糖尿病が生まれやすくなるのです。そういう意味では、生活環境が豊かになればなるほど、糖尿病になりやすくなるともいえそうです。

世界各国の糖尿病事情

同じ糖尿病でも人種によってその病状も違います。たとえば、欧米白人で多いのは肥満に基づくインスリンの抵抗性による高血糖でインスリンはどちらかというと過剰に出ています。しかし、日本人では最近まではむしろインスリンの分泌不足による高血糖が主体となっていました。これには人種による体質の違い、つまり狩猟民族と農耕民族との違いが関連しているのではないかと考えられています。また、ヨーロッパ系よりもアジア系、アフリカ系の人種が糖尿病にかかりやすいともいわれています。

とはいえ、日本の糖尿病がどんどん欧米化してきているのも事実です。生活環境の変化によりこの10年で肥満者が著しく増加しており、中年男性で特に目立っています。また、学童の肥満も問題となってきています。そもそも日本人はインスリン分泌能が低下しているので、軽度の肥満でも糖尿病がおきやすく、また肥満度が高くなることでインスリン抵抗性の要素も加わってきます。

糖尿病の要因として倹約遺伝子説があります。人類の歴史を振り返ると、20世紀に入るまではほとんどの人々が食うや食わずの生活でした。そのため、ヒトにはエネルギ-を節約する遺伝子が生存のために保存されてきました。しかし、20世紀以降になり世の中が以前より安定し文明の進歩と相まってこれまで経験したことのない豊富な食べ物が確保できる現象がでてきました。すると、倹約遺伝子が過剰に作用してどんどん太ってしまう状況に陥り始めたのです。特にアジア人は倹約遺伝子が強く作用するのではないかと考えられており、生活習慣には十分注意する必要があるといえるでしょう。

なお、これまでご紹介したのは2型糖尿病についてであり、生活環境と関係なく発症する1型糖尿病は全く別なタイプなので分けて考える必要があります。

糖尿病対策で恵まれている日本

日本において、糖尿病患者が増加することで懸念されているのは、合併症による患者さんの生活の質の低下やそれに伴う医療費の増加です。糖尿病の若年齢化も進んでおり、今後少子高齢化社会に移行していくことを考えれば、このままでは医療経済が破綻しかねません。それを防ぐためにも、糖尿病に対する予防と適切なアプローチは国家的急務となっています。江戸時代の養生訓に「早寝早起き腹八分目でよく働け」というものがあります。実際に、昭和30年代の生活スタイルに回帰すれば、糖尿病は圧倒的に減るといわれています。とはいえ、なかなかそれを実践するのは難しいのが現状です。また、やっかいなことに血糖が高くても自覚症状はほとんど感じられません。

幸いにも、日本は国民皆保険制度をとっており、医療に関しては世界でも恵まれた国のひとつです。会社や自治体レベルでの検診は、誰もが受けることができます。また、糖尿病に関する啓発活動も活発に行われています。こうした恵まれた環境を無駄にしてはいけません。検診で糖尿病であると診断されたり、血糖が高めと言われたら、それらを真摯に受け止めて適切な医療機関を受診し、しっかりと生活改善を行っていただきたいものです。

(取材・子川 智)

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